壁破り組織の融合狙う
「平井さん、ちょっとこちらに来ていただけますか」。2013年8月、ソニー厚木テクノロジーセンター(神奈川県厚木市)で開かれた夏祭りに参加した平井一夫社長は、ある技術のデモンストレーションに突然、招かれた。
そこで平井社長が見せられたのは、キューブ形状の携帯型プロジェクターだ。単なる小さなプロジェクターではない。「超短焦点」と呼ぶソニーの最先端の技術を備え、壁との距離が0センチメートルから投写が可能で、最大50型の映像を見られる。
実用化すれば、壁や机、外出先など場所を選ばずに映像を気軽に楽しめる新たな映像体験を消費者に提供できる。技術の潜在力を直感した平井社長は、生活空間のなかで新たなAV(音響・映像)体験の創出を目指すコンセプト商品群「ライフスペースUX」の商材に加える判断を下した。
社長に直談判
ゲリラデモを仕掛けたのは、プロジェクター用デバイスの開発チームだ。コンセプトが斬新なだけに、デバイス側から提案をしたもののセット(最終製品)側が採用をためらう日々が続いた。
そこで直談判という一計を案じた。ディスプレイデバイス事業部ディスプレイデバイス1部2課の吉永朋朗統括課長は「眠っている技術を使って、ソニーの既存の商品にはない畑違いのプロジェクトを作りたかった」と振り返る。
デバイス発で新規事業を創出しようという試みが活発になってきている。これまでは「セットの差異化を促す技術の担い手」という裏方を演じてたが、表舞台に躍り出てきた格好だ。
身にまとうIT(情報技術)機器「ウエアラブル端末」も中長期の展望で仕込む種のひとつだ。メガネやゴーグルなどに簡単に取り付け・取り外しができる「スマートアイグラスアタッチ!」もデバイス発の新商品だ。
0・23型の超小型有機ELディスプレーを機器の先端部に搭載。メガネにこの機器を装着すると、利用者は約2メートル先に16インチ型ディスプレーと同等の映像を見られる。
こうした動きの背景には、エレクトロニクス商品のトレンド変化が激しさを増していることがある。ディスプレイデバイス事業部の阿部文明事業部長は「商品形態が正常進化するようでは新しい成長を描きづらくなっている」と話す。従来型のビデオカメラが低迷するなか、身にまとう小型カメラで新市場を創出した米ゴープロが好例だ。
既存の肥大した組織で新たな挑戦をしようにも、制約が課せられることが少なくない。そこで自由な発想で技術の用途を生み出せるデバイス部門の出番が増えた。
制約のない自由な発想は、ソニーが3月に新規参入した化粧品分野で発揮された。肌解析システム「ビューティーエクスプローラー」は画像センサーの開発チームがけん引した。ソニーセミコンダクタ(熊本県菊陽町)の上田康弘社長は「グループを見渡して既存の事業部門が手掛けていない成長領域に、デバイスからまず仕掛ける」と強調する。
4月にはデバイスソリューション事業本部内に新規事業部門を新設した。単発で仕掛けていたこうした新規事業の創出の動きを組織的にサポートし、確実な事業化を後押しする狙いだ。
ヒット商品が生まれず縮小が続くエレキ商品。この負の流れを断ち切るべく、デバイス発の新規事業の創出でセット部門を揺さぶり、社内を活性化する試みだが、デバイス部門にはもうひとつの役割が期待されている。異なる組織をつなげるという扇の要の役割だ。
技術で横串、課題
「デバイス発の商品を大きく育てようにもデバイス部門にはそのノウハウがない」。阿部氏はこう指摘する。上流の基礎研究を担う研究開発(R&D)部門からデバイス部門、セット部門までを「技術をもって横串をさしてつなげていくのが課題だ」(鈴木智行副社長)と強調する。
ソニーは15年度からの3カ年の中期経営計画で「分社化の推進」を組織変革の柱にかかげた。すでにスマートフォンやテレビ、ゲームなどは分社されているが、10月に携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」などを担うビデオ&サウンド事業も分社化され、将来、全事業が分社される計画だ。
結果責任の明確化や意思決定の迅速化が狙いだが、社内からは危惧の声もあがる。分社された子会社が既存の事業領域のみに集中し、異なる分野への挑戦や新しい市場の創出のような活動が低下するという懸念だ。
鈴木副社長は「カギは分社化された子会社の経営者が横とつながる姿勢をもつこと」と指摘。「現場の連携を強められるかどうかが、分社の最大の課題だ」と話す。
かつてのソニーは共同創業者の井深大氏と盛田昭夫氏が「ものづくり」と「ビジネス」で役割分担し、岩間和夫元社長が「技術」で支えた。平井社長は「イノベーションで感動をもたらすことがソニーのミッション」と語る。創業者世代が去った後、イノベーションの新たな仕組みをどう再構築するか。「SONY転生」の絶対条件だ。
(次回は「デジタルBiz&Tech」面に掲載します)
【図・写真】壁に貼り付けられるプロジェクターの小型版(写真上)と、壁に大画面映像を映すプロジェクター(同左下)、眼鏡に装着できる「スマートアイグラスアタッチ!」
2015年4月17日金曜日
SONY転生デバイスで変える(3)機器と人、心交わす日、画像センサー、感情認識に挑む――センシング、事業領域拡大。
車の安全・安心に活用
スタンリー・キューブリック氏が監督・脚本を務めた映画「2001年宇宙の旅」。この作品に登場する人工知能を備えたコンピューター「HAL9000」が、ソニーの画像センサーの未来を占うヒントになる。
「画像センサーが果たす究極の役割はHALのようなパーソナルコンシェルジュを身近にすることだ」。ソニーセミコンダクタ(熊本県菊陽町)の上田康弘社長は語る。映画に登場する瞳のような形状をしたHAL9000は人と心を交わす。
コンピューターが人間と心を交わすために必要な情報を得るキーデバイスとして重要になるのが画像センサーだ。「画像センサー技術を心の状況まで認識できる次元にまで高めたい」(上田氏)。ソニーは「感情センシング」と呼ぶ画像センサーで人の感情をとらえる技術の実用化に向け研究に乗り出した。
この「センシング」はソニーの画像センサーの事業領域を広げる技術戦略の柱となる。例えば、高速で移動中に物体を正確に捉えたり、暗闇でも対象物を認識したりする。現在はスマートフォン(スマホ)やデジタルカメラなどで肉眼で見える世界を忠実に再現する「イメージング」が主体だが、センシング領域に軸足を広げることで、事業機会を増やす。
デバイス&マテリアル研究開発本部長の平山照峰業務執行役員SVPは「肉眼では見えない可視光以外の光の波長などを捉えられる進化の道もある」と話す。特殊な光の波長を野菜に当てて、画像センサーで鮮度を判定する世界も夢ではない。
社会課題を解決
センシング領域でソニーが足元で最も注力するのが車載だ。鈴木智行副社長は「単に画像センサーの部品だけを供給するつもりはない」と語る。暗闇で人を捉える画像認識や悪天候でも鮮明な映像にする画像抽出などのシステムまでも手掛け、「これらを車の制御系に反映させる総合的なソリューションまでを開発したい」という。
「伝説的なデモンストレーションをありがとう」。昨年10月下旬、ソニーの車載用画像センサーのチームは欧州のある大手自動車メーカーの担当者から称賛された。
ソニーが用意したのは、車載向けに専用で開発した画像センサーのデモだ。真っ暗闇の部屋にこのセンサーを置き、離れた場所にいる人の顔を映し出す。モニターに真っ暗闇のなかで顔が鮮明に浮かび上がると、驚嘆の声が上がった。車載用の画像センサーは今年12月に量産出荷を始める。
これまで画像センサーの車載への転用では一定の距離を置いてきたソニーの方針が転換したのは昨年秋だ。車載用の画像センサーに本格参入すると発表し、画像センサー業界内に衝撃を与えた。「ソニーの本気度はどれくらいなのか」。この知らせを聞いた韓国サムスン電子の担当者から日本の取引先に問い合わせが相次いだほどだ。
車載用の開発に着手したのは2012年夏にさかのぼる。ただ、道のりは平たんではなかった。
「乗用車は10年、商用車はそれ以上の保証が必要で、簡単にやめられませんよ」。ソニーのイメージングシステム事業部ISビジネス2部の綿谷行展統括部長は、自動車メーカー担当者から疑念をもたれたことがある。
ソニーは消費者向けエレクトロニクス商品の印象が強い。市場環境の変動が大きく、生まれてすぐに消えた商品も少なくない。人命にかかわる自動車ビジネスに参入する覚悟を問われたわけだ。「本気で臨む。時間はかかるかもしれないが、自動車業界で信頼を高めたい」(綿谷氏)
自動運転車開発ベンチャーのZMP(東京・文京)にも出資し、画像センサーの応用領域を広げていく。車載イメージングソリューション事業室1課の相沢康正プロダクトプランニングマネジャーは「センシングの技術は車の安心・安全に貢献できる」と話す。技術を社会課題の解決に役立てるという従来のソニーになかった挑戦だ。
競合に先手打つ
デバイス部門の強みは、将来の技術展望を描き、ライバルに先んじて手を打つというロードマップ戦略を地道に実行している点にある。トランジスタやCCD(電荷結合素子)などの技術の筋を見極めて先行投資し、「技術のソニー」を引っ張った岩間和夫元社長から引き継がれる魂だ。
今でこそわが世の春のCMOS(相補性金属酸化膜半導体)画像センサーだが、CCDからの切り替えに遅れ、実は最後発の参入だった。逆襲のきっかけとなったのは、光を効率的に受けられ、感度2倍に高められる「裏面照射型」の革新的なCMOS画像センサーだった。アイデアは古くからあったが、量産が難しいとされていた。開発を指揮した平山SVPは「CCDを上回る感度を出す技術はこれしかない」と技術の筋を見極め、十数人で開発に着手した。
当初は反対の声も少なくなかったが、ソニーには難路に挑む者たちを応援する文化がある。その技術は積層型へと進化しソニーを支える。「トップに立ち続けるには、他社と異なるモノを出さなければならない」と語る平山SVPは今、画像センサーのロードマップを2024年まで描いている。未来を自ら描き、現実化に挑む。攻勢に転じるソニーに求められる気概だ。
スタンリー・キューブリック氏が監督・脚本を務めた映画「2001年宇宙の旅」。この作品に登場する人工知能を備えたコンピューター「HAL9000」が、ソニーの画像センサーの未来を占うヒントになる。
「画像センサーが果たす究極の役割はHALのようなパーソナルコンシェルジュを身近にすることだ」。ソニーセミコンダクタ(熊本県菊陽町)の上田康弘社長は語る。映画に登場する瞳のような形状をしたHAL9000は人と心を交わす。
コンピューターが人間と心を交わすために必要な情報を得るキーデバイスとして重要になるのが画像センサーだ。「画像センサー技術を心の状況まで認識できる次元にまで高めたい」(上田氏)。ソニーは「感情センシング」と呼ぶ画像センサーで人の感情をとらえる技術の実用化に向け研究に乗り出した。
この「センシング」はソニーの画像センサーの事業領域を広げる技術戦略の柱となる。例えば、高速で移動中に物体を正確に捉えたり、暗闇でも対象物を認識したりする。現在はスマートフォン(スマホ)やデジタルカメラなどで肉眼で見える世界を忠実に再現する「イメージング」が主体だが、センシング領域に軸足を広げることで、事業機会を増やす。
デバイス&マテリアル研究開発本部長の平山照峰業務執行役員SVPは「肉眼では見えない可視光以外の光の波長などを捉えられる進化の道もある」と話す。特殊な光の波長を野菜に当てて、画像センサーで鮮度を判定する世界も夢ではない。
社会課題を解決
センシング領域でソニーが足元で最も注力するのが車載だ。鈴木智行副社長は「単に画像センサーの部品だけを供給するつもりはない」と語る。暗闇で人を捉える画像認識や悪天候でも鮮明な映像にする画像抽出などのシステムまでも手掛け、「これらを車の制御系に反映させる総合的なソリューションまでを開発したい」という。
「伝説的なデモンストレーションをありがとう」。昨年10月下旬、ソニーの車載用画像センサーのチームは欧州のある大手自動車メーカーの担当者から称賛された。
ソニーが用意したのは、車載向けに専用で開発した画像センサーのデモだ。真っ暗闇の部屋にこのセンサーを置き、離れた場所にいる人の顔を映し出す。モニターに真っ暗闇のなかで顔が鮮明に浮かび上がると、驚嘆の声が上がった。車載用の画像センサーは今年12月に量産出荷を始める。
これまで画像センサーの車載への転用では一定の距離を置いてきたソニーの方針が転換したのは昨年秋だ。車載用の画像センサーに本格参入すると発表し、画像センサー業界内に衝撃を与えた。「ソニーの本気度はどれくらいなのか」。この知らせを聞いた韓国サムスン電子の担当者から日本の取引先に問い合わせが相次いだほどだ。
車載用の開発に着手したのは2012年夏にさかのぼる。ただ、道のりは平たんではなかった。
「乗用車は10年、商用車はそれ以上の保証が必要で、簡単にやめられませんよ」。ソニーのイメージングシステム事業部ISビジネス2部の綿谷行展統括部長は、自動車メーカー担当者から疑念をもたれたことがある。
ソニーは消費者向けエレクトロニクス商品の印象が強い。市場環境の変動が大きく、生まれてすぐに消えた商品も少なくない。人命にかかわる自動車ビジネスに参入する覚悟を問われたわけだ。「本気で臨む。時間はかかるかもしれないが、自動車業界で信頼を高めたい」(綿谷氏)
自動運転車開発ベンチャーのZMP(東京・文京)にも出資し、画像センサーの応用領域を広げていく。車載イメージングソリューション事業室1課の相沢康正プロダクトプランニングマネジャーは「センシングの技術は車の安心・安全に貢献できる」と話す。技術を社会課題の解決に役立てるという従来のソニーになかった挑戦だ。
競合に先手打つ
デバイス部門の強みは、将来の技術展望を描き、ライバルに先んじて手を打つというロードマップ戦略を地道に実行している点にある。トランジスタやCCD(電荷結合素子)などの技術の筋を見極めて先行投資し、「技術のソニー」を引っ張った岩間和夫元社長から引き継がれる魂だ。
今でこそわが世の春のCMOS(相補性金属酸化膜半導体)画像センサーだが、CCDからの切り替えに遅れ、実は最後発の参入だった。逆襲のきっかけとなったのは、光を効率的に受けられ、感度2倍に高められる「裏面照射型」の革新的なCMOS画像センサーだった。アイデアは古くからあったが、量産が難しいとされていた。開発を指揮した平山SVPは「CCDを上回る感度を出す技術はこれしかない」と技術の筋を見極め、十数人で開発に着手した。
当初は反対の声も少なくなかったが、ソニーには難路に挑む者たちを応援する文化がある。その技術は積層型へと進化しソニーを支える。「トップに立ち続けるには、他社と異なるモノを出さなければならない」と語る平山SVPは今、画像センサーのロードマップを2024年まで描いている。未来を自ら描き、現実化に挑む。攻勢に転じるソニーに求められる気概だ。
SONY転生デバイスで変える(2)画像センサー総力結集、「積層型」世界初の量産――元「セル」技術者170人担う。
新興国スマホ照準
長崎県諫早市。スマートフォン(スマホ)やタブレット(多機能携帯端末)に搭載されるCMOS(相補性金属酸化膜半導体)画像センサーの戦略拠点、長崎テクノロジーセンター(長崎TEC)が24時間のフル稼働を続ける。ソニーセミコンダクタ(熊本県菊陽町)の山口宜洋執行役員兼長崎TECプレジデントは「我々のものづくりは絶対にまねできない」と自信を見せる。
2つの顔を持つ
ソニーが2012年10月に携帯電話向けに世界で初めて量産に成功した「積層型」のCMOS画像センサーにその秘密がある。積層型とは光を受ける画像センサーと画像処理チップを重ね合わせる技法だ。
従来は画像センサーと同じチップ上に画像処理用の回路を形成していた。撮影性能を上げる場合には別の画像処理チップを搭載する必要があった。積層型はチップ面積を抑えつつ、高機能な画像処理チップも搭載できる。光をデジタルの画像に変換するアナログな半導体技術と、高速に情報を処理できるデジタルな半導体技術の2つの顔をもつのが積層型CMOS画像センサーだ。
CMOS画像センサーを手掛ける台湾のTSMC(台湾積体電路製造)や韓国のサムスン電子、東芝などの競合は画像処理チップを重ね合わせる積層型の量産には至っていない。他社がソニーのCMOS画像センサー技術に追いつくにはソニーの開発が2年半以上停滞する必要があるという。
山口氏は積層型の技法の難しさをこう例える。「画像センサーの基となる300ミリメートルウエハーを東京ドームとすると、まずドーム全体の芝を約2ミリの薄さに真っ平らに削る。ここで0・7ミリずれるとその時点で製品には使えない」という。「そのうえで、もうひとつのドームを重ね合わせるが、ここでも2ミリ以内に寸分たがわずに合わせる必要がある」
ソニーが唯一、世界で先駆けて積層型を量産できたのは、最先端の画像センサーと大規模集積回路(LSI)の技術を兼ね備えているためだ。光を高画質な画像に変換する画像センサーと処理速度を上げるLSIの生産プロセスは全く異なる。「この異なる技術を高い次元で擦り合わせられる総合力が強みだ」。久留巣敏郎前ソニーセミコンダクタ社長は強調する。
この擦り合わせを支えるのは数奇な運命をたどった長崎TECのファブ3と呼ばれる工場だ。
もともと、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のゲーム機「プレイステーション(PS)」に搭載するLSIを主に生産していた。後に東芝と米IBMと共同開発したMPU(超小型演算処理装置)「セル」の量産拠点に育つ。その後、08年3月に東芝に実質的に譲渡した。さらに画像センサーの需要増に伴い東芝から11年4月に買い戻した。
セルそのものは普及しなかったが、最先端のLSIの開発や生産に携わった技術者たちがソニーに残った。熊本テクノロジーセンター(熊本TEC、熊本県菊陽町)には元セル部隊を中心にした約170人の技術者たちが常駐する。設計・開発から生産までを一貫して手掛ける体制だ。ソニーの鈴木智行副社長は「ソニーの半導体技術の総力を画像センサーに結集させている」と話す。
ライバルも黙ってはいない。「ソニーと同じ半導体製造装置を入れてくれないか」。ある装置メーカーは中国の半導体メーカーからこう打診されたという。巨大な装置産業である半導体では、製造装置にノウハウが凝縮される。メモリーで日本が苦境に追い込まれた理由だ。
「外に出さない」
山口氏は涼しい顔だ。「ライバルが同じ装置を入れてもソニーの画像センサーを再現できない」からだ。ソニーは独自の技術で装置を使いこなす。複雑な工程の一つ一つに独自のノウハウが隠され、生産ラインの全容を把握できる人材は一握りと言われる。「生産技術は外には出さない」(久留巣氏)と強調する。
ソニーは開発・生産以外でもライバルの先手を打ち始めた。
「お世話になりました」。最近、ソニーの画像センサーの取引先にあいさつのメールがよく届く。異動者はエース級の営業員ばかり。行き先は中国だ。ソニーは画像センサーの営業の精鋭を中国に続々と投入している。「中国のスマホメーカーが持つ情報の量と質の高さは段違いだ」(ある取引先)と舌を巻く。
「新興国のスマホメーカーには部品を指名買いする動きが出ている。この動きに対応したい」。デバイスソリューション事業本部の野本哲夫モバイルイメージングシステム事業部長は次の競争をも見据える。生き馬の目を抜く競争が繰り広げられてきた半導体業界。今は独走状態にあるソニーの画像センサー部隊だが、慢心は許されない。
長崎県諫早市。スマートフォン(スマホ)やタブレット(多機能携帯端末)に搭載されるCMOS(相補性金属酸化膜半導体)画像センサーの戦略拠点、長崎テクノロジーセンター(長崎TEC)が24時間のフル稼働を続ける。ソニーセミコンダクタ(熊本県菊陽町)の山口宜洋執行役員兼長崎TECプレジデントは「我々のものづくりは絶対にまねできない」と自信を見せる。
2つの顔を持つ
ソニーが2012年10月に携帯電話向けに世界で初めて量産に成功した「積層型」のCMOS画像センサーにその秘密がある。積層型とは光を受ける画像センサーと画像処理チップを重ね合わせる技法だ。
従来は画像センサーと同じチップ上に画像処理用の回路を形成していた。撮影性能を上げる場合には別の画像処理チップを搭載する必要があった。積層型はチップ面積を抑えつつ、高機能な画像処理チップも搭載できる。光をデジタルの画像に変換するアナログな半導体技術と、高速に情報を処理できるデジタルな半導体技術の2つの顔をもつのが積層型CMOS画像センサーだ。
CMOS画像センサーを手掛ける台湾のTSMC(台湾積体電路製造)や韓国のサムスン電子、東芝などの競合は画像処理チップを重ね合わせる積層型の量産には至っていない。他社がソニーのCMOS画像センサー技術に追いつくにはソニーの開発が2年半以上停滞する必要があるという。
山口氏は積層型の技法の難しさをこう例える。「画像センサーの基となる300ミリメートルウエハーを東京ドームとすると、まずドーム全体の芝を約2ミリの薄さに真っ平らに削る。ここで0・7ミリずれるとその時点で製品には使えない」という。「そのうえで、もうひとつのドームを重ね合わせるが、ここでも2ミリ以内に寸分たがわずに合わせる必要がある」
ソニーが唯一、世界で先駆けて積層型を量産できたのは、最先端の画像センサーと大規模集積回路(LSI)の技術を兼ね備えているためだ。光を高画質な画像に変換する画像センサーと処理速度を上げるLSIの生産プロセスは全く異なる。「この異なる技術を高い次元で擦り合わせられる総合力が強みだ」。久留巣敏郎前ソニーセミコンダクタ社長は強調する。
この擦り合わせを支えるのは数奇な運命をたどった長崎TECのファブ3と呼ばれる工場だ。
もともと、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のゲーム機「プレイステーション(PS)」に搭載するLSIを主に生産していた。後に東芝と米IBMと共同開発したMPU(超小型演算処理装置)「セル」の量産拠点に育つ。その後、08年3月に東芝に実質的に譲渡した。さらに画像センサーの需要増に伴い東芝から11年4月に買い戻した。
セルそのものは普及しなかったが、最先端のLSIの開発や生産に携わった技術者たちがソニーに残った。熊本テクノロジーセンター(熊本TEC、熊本県菊陽町)には元セル部隊を中心にした約170人の技術者たちが常駐する。設計・開発から生産までを一貫して手掛ける体制だ。ソニーの鈴木智行副社長は「ソニーの半導体技術の総力を画像センサーに結集させている」と話す。
ライバルも黙ってはいない。「ソニーと同じ半導体製造装置を入れてくれないか」。ある装置メーカーは中国の半導体メーカーからこう打診されたという。巨大な装置産業である半導体では、製造装置にノウハウが凝縮される。メモリーで日本が苦境に追い込まれた理由だ。
「外に出さない」
山口氏は涼しい顔だ。「ライバルが同じ装置を入れてもソニーの画像センサーを再現できない」からだ。ソニーは独自の技術で装置を使いこなす。複雑な工程の一つ一つに独自のノウハウが隠され、生産ラインの全容を把握できる人材は一握りと言われる。「生産技術は外には出さない」(久留巣氏)と強調する。
ソニーは開発・生産以外でもライバルの先手を打ち始めた。
「お世話になりました」。最近、ソニーの画像センサーの取引先にあいさつのメールがよく届く。異動者はエース級の営業員ばかり。行き先は中国だ。ソニーは画像センサーの営業の精鋭を中国に続々と投入している。「中国のスマホメーカーが持つ情報の量と質の高さは段違いだ」(ある取引先)と舌を巻く。
「新興国のスマホメーカーには部品を指名買いする動きが出ている。この動きに対応したい」。デバイスソリューション事業本部の野本哲夫モバイルイメージングシステム事業部長は次の競争をも見据える。生き馬の目を抜く競争が繰り広げられてきた半導体業界。今は独走状態にあるソニーの画像センサー部隊だが、慢心は許されない。
SONY転生デバイスで変える(1)「ソニー入ってる」照準、画像センサー、業界標準狙う。
スマホ搭載、金額シェア頂点 出荷年2倍、成長の軸
構造改革から成長へ――。ソニーが生まれ変わろうともがいている。4月からの新たな中期経営計画で「利益重視と成長への投資」をテーマに据え、赤字体質から高収益企業への転換を目指す。看板事業であるエレクトロニクスにも聖域を設けない。長期低迷を脱し、「SONY」のブランドは輝きを取り戻せるか。転生に向けた胎動は始まった。その最前線を追う。(関連記事3面に) 「資金提供の申し出をお断りします」 2月。ソニーは約1050億円を投じ、スマートフォン(スマホ)やタブレット(多機能携帯端末)に搭載するCMOS(相補性金属酸化膜半導体)画像センサーの生産能力を月産8万枚(300ミリメートルウエハー換算)に引き上げる大型の設備投資を決めた。実はこの大型投資を巡り、米アップルが資金提供を提案してきたが、ソニーは自前路線を貫いた。 資金提供断る 一方、ソニーと反対にアップルの資金提供を受け入れたのはジャパンディスプレイ(JDI)だ。JDIは3月、石川県に高精細の中小型液晶の新工場を建てると発表した。約1700億円の投資額の大半はアップルが負担するとされる。 画像センサーと液晶パネルというスマホの中核部品を担う両社だが、大口取引先への対応は分かれた。巨額投資のリスクを単独で背負う判断は、画像センサーの競争力の強さに対するソニーの自信の裏返しだ。 「工場はフル稼働だが、需要に供給が追いついてない」。ソニーのデバイスソリューション事業本部の野本哲夫モバイルイメージングシステム事業部長は悲鳴を上げる。 ソニーの画像センサーの出荷量は2012年度に3億6000万個だったが、13年度には5億2100万個、14年度は9億個に達した模様。毎年2倍近いペースの伸びだ。「毎夏、中期計画を立てるが、毎回1年前倒しで需要予測が現実になる」(野本氏) 7日には16年6月末までに月産8万枚としていた2月の増産計画を見直し、約450億円を追加投資して16年9月末までに月産8万7000枚に増強すると発表した。ソニーは16年までに月産7万5000枚としていた中期計画を前倒ししたうえで、生産能力の一段の上積みに踏み切る。 「成長けん引」。画像センサーを中心とするデバイス事業に平井一夫社長が託した使命だ。17年度にデバイス事業は売上高で最大1兆5000億円(14年度見込みで9500億円)、売上高営業利益率で最大12%(10・5%)を目指す。売り上げ成長では全事業トップで文字通りにけん引役の期待がかかる。 調査会社のテクノ・システム・リサーチ(東京・千代田)によると、14年のCMOS画像センサーの世界シェア(数量ベース、見込み値)は米オムニビジョンが23・4%と首位で、ソニーは20・7%と2位。だが、金額ベースではソニーが39・5%の首位で、2位のオムニビジョン(16・2%)を突き放す。 鈴木智行副社長は「2年は競合よりも技術が先行している」と話す。韓国のサムスン電子は最上位機「ギャラクシーSシリーズ」の画像センサーでソニー製を毎回使っていたが、前モデル「S5」で自社製の画像センサーに切り替えた。ただ、最新の「S6」で再びソニー製に戻したほどだ。 中・低価格でも 高付加価値分野の高い競争力を背景に、数量でも確固たる首位を狙う新たな挑戦が動き出した。 これまでスマホの高級機向けを中心としていた画像センサーの供給先を中・低価格機に広げる。撮影性能を絞り込んで価格を抑えた廉価版の品ぞろえを拡充。中国など新興国のスマホメーカーに提供する。15年には数量ベースでも30%に達し、首位に立つ見通しだ。 高画質の画像センサーとして確立したブランドを生かし、中・低価格市場までも席巻する。スマホの中核部品である「電子の目」で「デファクトスタンダード(事実上の標準)」を奪いに行く野心的な戦略だ。 パソコン時代に米インテルがMPU(超小型演算処理装置)で築いた「インテル・インサイド」のモデルをスマホ時代の画像センサーで「ソニー・インサイド」として確立する。「高付加価値スマホへの依存度の高さが課題」(吉田憲一郎副社長)だったが、中核部品として標準の座を握れば、供給先を分散できるうえ、最終商品のスマホがコモディティー(汎用品)化しても収益性を担保できる。 かつてソニーは東芝と米IBMとともにMPU「セル」を開発した。デジタル家電がネットワークでつながる時代をにらみ、テレビなどあらゆるデジタル家電に組み込む壮大な構想を描いた。だが、消費電力の高さや高コストがネックとなり、ゲーム機「プレイステーション3」以外の採用が広がらず、大きな損失を招いた。画像センサーは捲土(けんど)重来を期した再挑戦でもある。 「投資回収は21世紀に入ってから」。ソニー半導体の父である岩間和夫元社長はCCD(電荷結合素子)画像センサーの開発に際し、先行投資を危惧する周囲をこう諭した。画像センサーは今、岩間氏の予言通りに大きな回収期を迎えた。岩間氏の遺産を引き継いだもう一人の「カズオ」である平井社長にも成長に向けた新たな投資の目利き力が問われる。 星正道が担当します。 |
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