2011年5月27日金曜日

iPS細胞、がん化しない作製法、阪大チーム、RNAを活用。

 大阪大学の森正樹教授らは26日、様々な細胞に育つ新型万能細胞(iPS細胞)の作製で、がん化しない方法を開発したと発表した。再生医療への応用が期待されているiPS細胞は、がんになる危険性があり、実用に向けて課題になっている。作製効率をさらに高めれば応用に道が開けると期待している。
 森教授らは、60種類の候補の中から選んだ3種類の微小な生体分子「マイクロRNAリボ核酸)」を専用の薬剤とともにヒトの脂肪細胞に振りかけて20~30日培養、iPS細胞を作った。そのまま培養を続けているが、がんになる細胞はまだ見つかっていない。マウスとヒトの細胞で確認した。
 iPS細胞は当初、皮膚などの細胞に外部から特定の遺伝子を運搬役のウイルスを使って組み込み作製していた。この方法ではiPS細胞ががんになってしまう事例がみられた。iPS細胞から作った本人の細胞で、病気や事故で失った部位を治療する際の大きな問題となっている。
 マイクロRNAを使う作製法は海外でも研究されている。しかし運搬役にウイルスを利用しているため、がんになるリスクが残っている。新しい方法ではウイルスを全く使わず、リスクを大幅に下げられるとみている。
 iPS細胞の作製効率は約1%。京都大学の山中伸弥教授らが最初に開発に成功したときとほぼ同じ。研究グループは今後、加える薬剤などを工夫し効率を高めるとともに、1種類のマイクロRNAでiPS細胞作製を目指す。成果は米科学誌「セル・ステム・セル」(電子版)に掲載された。
 iPS細胞を使い脊髄損傷の治療を目指している慶応義塾大学の岡野栄之教授は「遺伝子を傷つけない新しい作製法として注目している」と話す。

統合失調症、武田、遺伝子の働き解明へ、米団体と連携、IT駆使、新薬開発目指す

 武田薬品工業はIT(情報技術)と最先端の生物学などを組み合わせ、統合失調症の一因とされる遺伝子を特定する研究を米国で始めた。同国の科学者団体の協力を得て患者の遺伝子を解析して体内での働きをシミュレーションし、仕組みを解明する考え。統合失調症は代表的な精神疾患で、世界の大手が治療薬の研究開発を続けている。武田薬品は遺伝子関連の最新技術と知見を総動員して2014年末までに解明を終え、15年からの新薬研究の着手を目指す。
 体内では遺伝子の指示に基づいて作られるたんぱく質から、様々な細胞ができている。遺伝子は他の遺伝子を変化させ、神経伝達物質など体の様々な仕組みを作り出している。遺伝的な要素があるとされる統合失調症では健康状態とは異なる形で遺伝子の「変化のリレー」が起き、発症しているとの見方が有力。
 既存の統合失調症の治療薬は本来は別の疾患向けに研究していた場合もあるとされる。今回は最初から遺伝子に標的を定めて根本治療を目指す。
 研究では米科学者の有力な非営利組織(NPO)のセージ・バイオネットワークス(ワシントン州)と武田薬品の研究者が協力する。まず統合失調症の患者と健康な人から遺伝子サンプルの提供を受け、体内の遺伝情報を正確に示すデータベース作りに入った。患者と健康な人の両方を比べ、どの部分が異なるかなどを確認。患者特有の遺伝子を見つけ、変化のリレーの一部を解明する。
 ただデータベースでは見つけられない、遺伝子同士が働きかけ合う関係が多数あるとみられている。このため武田薬品は次の段階として、コンピューターによるシミュレーションに着手する。ここでもセージ・バイオネットワークスの協力を得る。
 具体的にはDNA(デオキシリボ核酸)やRNAリボ核酸)、たんぱく質の関連性を調べる「ネットワーク生物学」、統計学的な手法を使って遺伝情報を解析する「遺伝統計学」などの最新知識を組み込んで、シミュレーションの前提条件を決定。コンピューターで遺伝子同士の作用の組み合わせを無数に試し、患者の体内で起こっている状態に近い、疾患の予測モデルを作製する。
 同モデルは統合失調症が起きる仕組みを分子レベルで示す解明図となり、登場する遺伝子はすべて発症に関連すると考えられる。武田薬品は特に重要な役割を果たす遺伝子を特定し、それが作り出すたんぱく質を阻害する医薬品の研究開発に入る方針。モデル作製にかかる研究費は約3億円の見込みで、同社が全額負担。モデル完成から1年間は研究成果を独占するが、それ以降は世界の研究者らに無料開放していく考えだ。
人口の1%発症
 ▼統合失調症 世界各国・地域で人口の約1%が発症するとされる。幻聴や妄想などが起きる「陽性症状」と、行動意欲が低下して引きこもりがちになる「陰性症状」がある。
 遺伝的な要素とストレスなどの環境要因が重なって発症するとされている。多くの場合は治療薬を適切に服用することで症状を抑えられるが、発病の仕組みは完全には解明されていない。