2011年7月12日火曜日

ゲーム機で原子を立体視、奈良先端大が技術開発

 奈良先端科学技術大学院大(奈良県生駒市)は12日までに、ゲーム機「ニンテンドー3DS」を使って原子構造の立体画像を見ることができる技術を開発したと発表した。これまで一部の研究者に限られていた立体視を、より多くの人が手軽に体験できるようになる。
 画像は、ホームページから3DSのSDカードに、無料でダウンロードできる。同大学院大の大門寛教授(表面物性)は「理科好きが増えてくれたらうれしい」と話している。ファイルは大門教授の研究室のホームページからダウンロードできる。URLはhttp://mswebs.naist.jp/LABs/daimon/index-j.htm

iPS細胞、欧州で特許、京大の作製技術、企業に広く使用権

 京都大学は11日、新型万能細胞(iPS細胞)の作製技術に関する特許が欧州で初めて成立したと発表した。皮膚細胞などに3種類の遺伝子を入れてiPS細胞を作製する基本的な技術が対象。京大は企業に広く特許使用権を供与する方針だ。iPS細胞の研究が活発な欧州で有力技術を1社に独占されずにすみ、再生医療や創薬など関連産業の成長を後押しする。
 特許は2005年の国内出願をもとに08年に欧州特許庁に出願、今月7日に正式に成立の通知を受けた。今後、英国やドイツ、フランスなど17カ国で国ごとの特許登録手続きを進める。
 今後、企業などとのライセンス契約は京大関連の特許管理会社、iPSアカデミアジャパン(京都市)を通して結ぶ。京大は海外勢が有力な特許を持つ場合に、クロスライセンス交渉などに使える有力な武器を手に入れたことになる。
 開発者の山中伸弥・京大教授は記者会見し、「成立した特許の対象は基盤的な技術。今後も(1社に独占されず)多くの企業が(iPS細胞の研究に)参入できるよう知財の確保を進めたい」と述べた。
 今回成立したのは「Oct類、Klf類、Myc類の遺伝子などの初期化因子」に関する特許。これら3種の遺伝子や、遺伝子が作るたんぱく質などを使ってiPS細胞を作るかなり広い範囲の技術が対象だ。
 京大の松本紘総長は「大学が特許を取得すれば研究者が安心して研究に取り組める」と指摘する。昨年1月には米ベンチャー企業のiPS細胞作製技術の特許が英国で成立。米国でも同社の特許出願が京大の特許成立を阻むとの懸念が出ていた。その後、事業戦略を転換した同社から京大が特許権を譲り受けた経緯がある。
 iPS細胞の特許動向を調べる札幌医科大学の石埜正穂・准教授は「今回、広い範囲(の技術)で特許を取得できたことは評価できる」と指摘する。ただ「iPS細胞を応用する治療が実現する際に、どの技術が使われるかは不明。取得した特許の経済価値はまだ分からない」という。
 京大はiPS細胞の作製技術などに関する特許を約70件出願済み。国内では3件が成立した。海外では南アフリカ、シンガポールで成立したほかロシアなど旧ソ連9カ国で効力を持つユーラシア特許も取得済みだ。
 しかしiPS細胞を応用した創薬や再生医療で将来、大きな市場が見込める米国や欧州では成立していなかった。山中教授と研究競争を繰り広げてきた米国の大学や企業に加え、中国の研究機関なども将来の関連産業の成長を見込み米欧などでの特許取得を狙っている。

人工乳首の圧力など工夫、母乳拒否しにくい哺乳瓶、メデラ、日本市場に投入

 スイスの医療機器メーカー、メデラの日本法人(東京・江東)は乳児が母親の乳首から母乳を吸わなくなる「母乳拒否」を起こりにくくする工夫を凝らした人工乳首と哺乳瓶を日本市場に投入した。母乳には子どもの免疫力を強める物質が多く含まれるため、母乳育児への関心が高まりつつある。同社は新製品をテコに日本市場開拓を強化する。
 哺乳瓶の人工乳首は従来の一般的な製品は長さが1センチメートル程度だが、同社の新製品は1・5センチメートル程度に伸ばし、乳児が力を入れて吸わないとミルクが出てこない構造にした。
 人工乳首の中心部には針程度の大きさの穴しか開いておらず、逆さにしても中身は出てこない。
 同社は授乳時の乳児の口の中の圧力や口の開き方など、口の中の動きの研究を重ね、実際に母乳を吸っている感触を得られるような人工乳首にしたという。このため母乳拒否が起こりにくいとみる。
 人工乳首とマルチ蓋の価格は1900円(税別)、150ミリリットルの母乳ボトル付き(マルチ蓋2個入り)は2200円(税別)。日本では大手百貨店や子供用品店などへの販路を開拓する方針。働く女性の母乳育児の障害を取り除ける新たな哺乳瓶として拡販を目指す。
 メデラは1961年の設立。主力製品は「搾乳機」で、病院向けに痰(たん)などの気道吸引器なども手掛ける。日本では搾乳機を中心に、新生児向けの高ビリルビン血症治療用の光線治療システムを販売している。非上場のため売上高などは非公表。従業員は世界で1000人以上いる。
 ▼母乳拒否 乳児が吸う努力をしなくてもミルクが出てくる哺乳瓶を使って、乳児がそれに慣れてしまうと、母親の乳首を吸わなくなる「母乳拒否」という現象。口を大きく開けて乳首を吸わなくても栄養が取れるため、乳児に“怠け癖”がついてしまうことが原因といわれている。

蛍光体ガラス―日電硝、LEDの光変換、耐熱性で樹脂代替狙う

 日本電気硝子が低消費電力などで注目を集める発光ダイオード(LED)の多色化を実現する新素材を開発した。ガラスに蛍光体を混ぜた新しい組み合わせ。普通は樹脂に蛍光体を混ぜて多色化に利用する。耐熱性や耐久性が高いガラスの特性をアピールし、樹脂の置き換えを狙う。
 開発したのは「蛍光体ガラス」。このガラスでLEDを覆うと、通過する光の波長をガラスが変換し、違う色を出せる。青色LEDを光源にして多彩な色を出す「蛍光体方式」と呼ばれる方法だ。
 現在の蛍光体方式のLEDは、シリコーン樹脂やエポキシ樹脂に蛍光体を混ぜて多色にしている。ただ、LEDの高輝度化が進むにつれ、セ氏150~200度にもなる発熱や強い光にさらされて樹脂が変色してしまう問題が浮上してきた。無機物のガラスは変色せず、輝度や発色性などの性能を長く維持できる。
 ガラスに蛍光体を混ぜ込み、自由自在に成型する――。「プロジェクトを聞いたとき、実現は無理だと思った」と山本茂取締役常務執行役員は打ち明ける。ガラスの成型に必要な高温に「今度は蛍光体が耐えられなくなる」と考えたからだ。これを解決したのは日電硝が研究を続けてきた「低温ガラス」の技術だった。
 例えば、液晶用のガラス基板はセ氏1200~1300度の高温で原料を溶かし、薄板状に成形する。一般的なソーダ石灰ガラスの場合、純粋なものは1700~1800度の高温が必要だ。日電硝は500度以下で柔らかくなる低温ガラスを開発。この技術を蛍光体ガラスに応用し、蛍光体の性能を損なわないで成型加工できるようにした。
 狙った発色や輝度を表現するにはガラスと蛍光体との相性を考えたり、ガラスの中に蛍光体を均一に混ぜ込んだりしなければならない。ここで「粉末ガラス」のノウハウが活躍した。
 同社が粉末状にできるガラスの種類は100種以上。それを多種多様な素材と組み合わせ、500種以上の特殊なガラスを造りだす。粉末ガラスの粒径は1ミクロン単位で制御できる。
 数十種類の蛍光体と粉末ガラスとを調合し、蛍光体ごとに最適な組み合わせを見つけていった。ガラスと蛍光体の密度はどんな組み合わせでもほぼ同じ。そのため、均一に混ざりやすく、ムラのない安定した光を得られるという。
 2010年に青色LEDの光の一部を変換し、白っぽい「疑似白色」に光らせる蛍光体ガラスを初出荷した。低温ガラスと粉末ガラスという別々のルートで続けてきた2つの基礎技術が合わさって初めてできた新製品といえる。「特殊ガラスに特化した日電硝だからこそできた」と山本氏。産業界でガラスは樹脂で代替されることが多かったが、「今度はガラスが逆襲する番」と山本氏は意気込む。
 現在は月数万個にとどまる生産量を、2年後には月数十万個まで増やしたいという。2種類の蛍光体を混ぜ込んだ蛍光体ガラスの開発にも着手した。さまざまな波長の光を組み合わせることで、より自然光に近い白色を出す研究も進んでいる。表現できる色の幅を広げてシェア拡大を目指す。
▼ガラス 原子が不規則に並んだ構造で、一定の温度に加熱すると柔らかくなる「ガラス転移」が起きる。透明で電気を通さず、さびないのが特長。シートや繊維などに成型でき、巻き取りができる超薄膜ガラスもある。組成によって様々な機能を発現し、鉛の入った放射線遮蔽ガラスは東京電力福島第1原子力発電所の事故収束作業で活躍している。

米エモリー大学ワクチンセンター、ワクチン効果示す遺伝子

 米エモリー大学ワクチンセンターの研究グループは、ワクチンの接種効果を示す指標になる遺伝子を発見した。個人差がある接種効果を予測するのに活用できる可能性があるという。
 研究グループは効果が確認されている2種類のインフルエンザワクチンを用いた。それぞれを接種した成人の遺伝子の発現の変化を網羅的に調べた。「CAMK4」という遺伝子の発現が強まっている人は、ワクチンによる免疫反応が乏しく、効きにくい傾向があったという。ワクチンの効果は免疫の反応の程度によって個人差があると考えられており、効果の有無を確認する手法が求められている。

ライス大ナノフォトニクス研、電子顕微鏡、微小製造装置に

 米ライス大学ナノフォトニクス研究所のN・ハラス所長らは、既存の電子顕微鏡を改良してナノ(ナノは10億分の1)メートルサイズの微細構造物の作製や評価ができる装置を開発した。揮発性材料や環境の変化で性能が劣化しやすい微小素子を装置から出さないで済む。全米科学財団(NSF)から約100万ドル(約8080万円)の研究助成金を受けた。
 電子顕微鏡の中で特に普及している走査型電子顕微鏡(SEM)を改良した。SEMは観察専用の装置だが、真空容器内を改良して電子線で材料の堆積やエッチング、複雑な配線加工をできるようにした。さらに超小型のマニピュレーターを取り付け、らせん構造のDNA(デオキシリボ核酸)より小さい物をつかんで移動させることが可能。電子線が物質に当たって発生する光を使う光学測定もできるという。

変わる日本の科学技術意識調査から(5)産業競争力に強い危機感

アジア勢が追い上げ
 文部科学省の意識調査では、中国や韓国などアジア勢に対する日本の産業競争力について、研究者が強い危機感を持っていることが明らかになった。バイオテクノロジーやものづくりの技術など日本が強みを持つ分野であっても、数年以内に優位を失うとする見方が多く、競争力強化につながる研究戦略が必須と言えそうだ。
 中韓、シンガポール、台湾に対する日本の産業競争力は2015年にどうなるか、という質問に対し、情報通信や医療・バイオ、ものづくりで日本が追い抜かれると懸念する結果が出た。
 ナノテクノロジー・材料やエネルギーなどの分野でも追い上げられ、同等になるとの見方が多かった。
 研究者が日本の競争力が落ちるとみる背景には、国際会議で積極的な発言が目立つなど、中国や韓国の若手が示す研究への貪欲な姿勢がある。神戸大学の中村昭子准教授は「惑星探査や有人宇宙飛行など宇宙開発の分野でも中国の勢いが目立つ」と指摘する。

マイナス244度で超電導状態確認、阪大などカルシウムで

 大阪大学と高輝度光科学研究センターはカルシウムを200万気圧以上の高圧状態にするとセ氏マイナス244度で超電導状態になることを発見した。超電導には極低温が必要だが、今回の記録は単体元素として最も高温という。高圧状態であるためこのまま実用化するのは難しいが、超電導の理解に役立つという。
 研究グループは、ストロンチウムやバリウムなどアルカリ土類金属に分類される元素が、高圧状態で特殊な結晶構造となり、超電導になることに注目。同じアルカリ土類金属で軽いカルシウムも圧力をかけると同じ結晶構造になるとみて研究を進めた。
 大型放射光施設「SPring―8」で200万気圧以上にすると、ストロンチウムなどの元素と同様に結晶構造が変わり、電気抵抗がゼロの超電導状態になっていることを確認した。

自己抗体の生産抑えるたんぱく質、筑波大など、Bリンパ球上で発見

筑波大学の渋谷彰教授らの研究グループは、関節リウマチなど自己免疫病の原因となる自己抗体ができるのを抑えるたんぱく質をマウスの実験で発見した。抗体をつくるBリンパ球の細胞膜上にあり、これに異常があると自己抗体が多くできる。発症の仕組み解明や治療薬開発に役立つと期待している。
 米カリフォルニア大学サンフランシスコ校、東北大学、大阪大学との共同研究成果で、米科学誌ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・メディシン(電子版)に掲載された。
 発見したのは「DAP12」と「MAIR―II」という2つのたんぱく質の複合体で、細胞外からの刺激を受け、細胞内に信号物質を伝える役目をしている。これまで別の細胞で見つかっていたが、今回Bリンパ球にあることを初めて明らかにした。
 さらに、これらのたんぱく質のどちらかに異常があるマウスは、自己抗体のできる量が5倍多くなることなどを突き止めた。正常な場合は、複合体の信号物質が抗体生産を促す別の信号物質を遮断していると考えられる。

人の染色体、早大、中心構造詳細に、ダウン症など解明に道

 早稲田大学理工学術院の胡桃坂仁志教授と立和名博昭助教らは11日、人の染色体の中心部分の構造を世界で初めて詳細に解明したと発表した。中心部分は、細胞が分裂するときに染色体分離の要となる部位。ダウン症やターナー症候群などの病気に深く関わるため、発症メカニズムの解明などに役立つ。成果は11日に英科学誌ネイチャー(電子版)に掲載された。
 胡桃坂教授らが構造を解明したのは、染色体の中央にあるくびれの部分で「セントロメア」と呼ばれる領域の基本構造。DNA(デオキシリボ核酸)が4種類のたんぱく質を包み込んで、両端を広げているような構造をとっていた。この基本構造が30個ぐらい集まってセントロメアを形成していると考えられるという。
 セントロメアを構成するたんぱく質は量が少ないため、人の染色体から精製して解析することができなかった。研究チームはセントロメアを構成する4種類のたんぱく質に注目。遺伝子組み換え技術で大腸菌に人工的に作らせ、DNAと一緒に試験管の中で反応させ、できた結晶を大型放射光施設「Spring―8」で解析した。
 人の染色体はセントロメアのくびれに紡錘糸がくっつき2つに分離されて、細胞分裂が進む。これまで染色体の末端「テロメア」の構造はわかっていたが、セントロメアはわかっていなかった。

ES細胞、多能性維持の仕組み発見、埼玉医大、がん化回避に期待

 埼玉医科大学の奥田晶彦教授らは、胚性幹細胞(ES細胞)で特定のがん関連遺伝子が働かなくても、様々な細胞に分化できる能力を保てることを突き止めた。細胞培養の条件を工夫すればよいという。この遺伝子は、新型万能細胞(iPS細胞)をがん化させる危険性が指摘されている。万能細胞の医療応用時の安全性向上などに役立つ可能性がある。
 成果は米科学誌「セル・ステムセル」(電子版)に掲載された。ES細胞やiPS細胞の特徴である多能性の維持には、c―Mycというがん関連遺伝子の働きが不可欠と考えられてきた。
 研究チームはマウスES細胞を操作し、この遺伝子が働けない状態にした。通常の方法で培養すると、多能性などES細胞の特性を失って細胞死に至る。
 そこでES細胞に、分化を抑える薬剤を加え培養すると、遺伝子が働かなくても多能性を失わなかった。この遺伝子は分化を抑える役割があり、それを薬剤が代替していた。人のES細胞やiPS細胞でも同様の結果が得られるとみている。
 山中伸弥京都大学教授が開発したiPS細胞作製法では、皮膚細胞などに入れる遺伝子の1つにc―Mycを使う。しかしがん化をもたらす危険性があり、この遺伝子を使わない作製法も開発されている。
 ただ完成したiPS細胞やES細胞の内部ではc―Mycが働いており、細胞が本来持つがん化のリスクはなくせない。今回の手法を応用すれば、がん化を回避して安全性を高められると期待している。

電流流すと微小振動発生、触覚、形状記憶ワイヤで、香川大など技術開発

携帯やカーナビ応用
 香川大学工学部の沢田秀之教授と産業用電子回路開発のエスシーエー(香川県丸亀市、内田啓治社長)は、形状記憶の極細ワイヤを使って指や手のひらで文字などを読み取る技術を開発した。ワイヤに電流パルスを流し、微小振動を触覚として感じるようにした。手袋や自動車のハンドルに貼り付けたり、視覚障害者などが利用する携帯電話に組み込んだりすることで、触覚を利用した新たなデバイスとして応用できる可能性がある。
 沢田教授らが開発したのは、直径50マイクロ(マイクロは100万分の1)メートル、長さ3ミリの形状記憶ワイヤをアーチ型に丸め、基板に設置した微小振動子。電流を流すと、ワイヤが1~2マイクロメートル縮み、止めると元に戻る。基板に電流の増幅装置をつけて、電流を流す時間などを調節する。1秒間に30回程度オンとオフを繰り返すと、ワイヤの伸縮で指や手のひらでざらざらした触覚として感じるという。
 この微小振動子を複数個並べて、振動子の間に0・4秒ずつ時間差を作って電流を流し始めると、アルファベットなどの文字として認識できるという。ワイヤが細く振動子も小型のため、消費電力は数十ミリワット程度で動かせる。
 グループは自動車のハンドルの表面に振動子を複数個埋め込み、カーナビの動きに連動させて振動子に電流を流すシステムを試作した。カーナビで右折の指示が出ると、ハンドルを握る手に、右に回すのを促すような触覚が生じるという。
 このほか、パソコンなどのタッチパネルの表面に埋めて触覚を感じるディスプレーや、背面に埋めれば握ったままで届いたメールを触って読み取れる携帯電話などに応用できると見ている。
 これまで触覚を感じる素子は多数のピンなどで作ることが多く、モーターなどで動かす必要があった。このため消費電力が大きくなり、応用範囲が限定される原因となっていた。

遺伝子特許、有効性争点に、米の「知財高裁」で近く判決――範囲狭まる動き

「自然の産物」司法省が意見
 遺伝子に特許を与えるのは妥当か――。バイオテクノロジー大国の米国で、こんな裁判が大詰めを迎えている。ここ数年、バイオ分野で「プロパテント(特許重視)」を修正する判決が続いており、関係者の注目は高い。特許に縛られない自由な研究が進むとの期待もあり、裁判の行方は日本や欧州の知的財産政策にも影響を及ぼしそうだ。
 この裁判は研究者や人権団体が有力ベンチャー企業のミリアド・ジェネティック・ラボラトリーズ(ユタ州)をニューヨーク連邦地裁に訴えたことで始まった。同社が保有する乳がんや子宮がんの発症を促す2つの遺伝子「BRCA1」と「同2」の特許としての有効性が争われている。
 原告の主張はこうだ。「遺伝子やDNA(デオキシリボ核酸)は自然の産物で、法律が定める特許の対象にはならない」。米国では、病気の治療などに役立つ機能が分かっていれば遺伝子やその断片にも特許を与えている。これは日本や欧州でもほぼ同様だ。
 同地裁は昨年3月、関連する特許すべてについて「特許として認められない」と判断。これまでの米特許商標庁の方針を根本から否定した。現在、日本の知財高裁に当たる連邦巡回控訴裁判所(CAFC)で審理中で、近く判決が出るとみられている。
 「遺伝子特許の保護を弱める判決が出るのではないか」(米国の特許事務所に勤める弁理士の吉田哲氏)。知財関係者の間では、こんな見方が浮上している。ひとつは、バイオ企業に有利な判決を出してきたプロパテント派の判事が審理から外されたこと。
 もうひとつは司法省が昨年10月、一審の判決をほぼ支持する意見書をCAFCに提出したことだ。「組み換えられていないDNAは自然の産物で特許の対象ではない」とし、それらの遺伝子を分離することも「発明には当たらない」と主張し、関係者に衝撃を与えた。バイオ企業は反発しているが、法律学者や研究者など司法省を支持する動きも広がっている。
 実は今回の裁判の前から、プロパテントの行き過ぎを修正する動きが強まっていた。
 例えば、特許商標庁は昨年4月、ウィスコンシン大学の技術移転機関が保有するヒト胚性幹細胞(ES細胞)の作製法など3つ特許のうち、1つを無効とした。過去に発表された技術から容易に思いつく発明で「進歩性がない」と判断したためだ。
 他の2つについても権利範囲が大幅に狭められた。知財に詳しい政策研究大学院大学の隅蔵康一准教授は「技術的な進歩まで否定され、特許権者にとって厳しい判決だ」と評する。
 バイオ分野でも、技術革新を起こすには複数の特許を組み合わせることが不可欠になっている。権利範囲の広い特許は技術革新の妨げになり、研究者の間では不満が根強い。プロパテントからの軌道修正は、こうした米政府の認識を表しているようだ。
 「今や、世界で最もバイオ特許が取りにくいのは米国」。札幌医科大学の石埜正穂准教授はこう指摘する。石埜准教授によると、再生医療分野の特許は認められにくい傾向にあるという。
 遺伝子特許を巡るCAFCの判決はバイオ関連特許全体に及ぶ可能性が高い。日本の企業や大学の特許戦略にも影響する。米国の知財政策が大きな節目を迎えている様子を予感させる。

燃料電池用新素材、耐酸化性能2倍に、日立金属、長寿命化に貢献

 日立金属は11日、耐酸化性能を2倍に高めた燃料電池セパレーター用の新素材を開発したと発表した。燃料電池の寿命を延ばし、普及の後押しとなる部材として電池メーカーに売り込む。2011年度中に量産を始め、15年度の売り上げは5億円をめざす。
 開発したのは鉄とクロムを主成分とした金属板。鉄を主成分とするため、従来はニッケルやアルミニウムを主成分とする競合品に比べてさびやすいのが弱点だった。合金の比率見直しや内部組織の改良で、1平方センチ当たりのさびの発生量を3000時間で2ミリグラムと従来品の半分に抑えた。導電性や強度も改善した。
 燃料電池はセルと呼ばれる電気をつくり出す部品を積層した構造で、セパレーターはセルを支えるとともにセル同士を電気的に接続する役割を果たす。さびると電気を通さなくなるため、素材の耐酸化性能は燃料電池の寿命に直結する。燃料電池は15年以降に普及期に入るとされているが、長寿命化が課題だった。
 日立金属は金属板だけでなくセパレーターに加工した製品も供給する。既にサンプル出荷を開始しており、顧客に採用を呼び掛けている。

バイオVBのジナリス、PET樹脂を薬品原料に、大腸菌で分解、製造コスト安く

ペットボトル 再資源化の用途拡大
 バイオベンチャーのジナリス(横浜市、西達也社長)は化学品を分解する微生物を使い、使用済みペットボトルなどを再資源化する技術を開発する。ボトルなどの材料に使われるポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂から薬品原料を低コストで製造する方法にメドをつけた。廃ボトルの新たなリサイクル用途として注目されそうだ。
 PET樹脂はテレフタル酸類を主原料にしている。ジナリスはこのほど、バイオ医薬品などに使われる遺伝子組み換え技術を活用して、テレフタル酸類を分解する酵素を出す大腸菌をつくり出した。分解によって、医薬品や農薬の原料などになるプロトカテク酸や没食子酸を得られる。
 プロトカテク酸は化学的に分解する方法で製造されており、多段階の反応工程を経るため複数の設備が必要になる。ジナリスの技術は大腸菌にテレフタル酸類を与えるだけで済み、製造コストを従来の1割程度に抑えられる。2日間で培養液1リットルあたりプロトカテク酸50グラムを生産でき、「バイオ技術を使った他の化学品の生産性と遜色ない」(西社長)という。
 今後はこの技術と、PET樹脂をアルカリ性溶液でテレフタル酸類に分解する手法を組み合わせる。同手法が微生物に影響を与えないかどうかなどを検証し、来春をメドに一連のリサイクル技術を完成させる。
 国内で回収された使用済みペットボトルは9割以上が繊維やシートの原料になっている。廃ボトルの樹脂を使って新たなボトルをつくる取り組みもまだ少数派だ。ジナリスの再資源化技術が確立すれば、用途拡大や、より付加価値が高いリサイクルが可能になる。
 ジナリスはまず、テレフタル酸類からプロトカテク酸などを量産する技術について化学メーカーなどと組んで事業化をめざす考えだ。
 同社は2002年設立で、独立系ベンチャーキャピタルの東京大学エッジキャピタルなどが出資している。今回の新事業を成長をテコに、現在数億円程度の売上高を3年以内に10億円以上に拡大することをめざす。