2011年7月15日金曜日

携帯新放送「モバキャス」来春開始、「30センチのアンテナ」が波紋。

 NTTドコモ子会社のジャパン・モバイルキャスティング(東京・港、永松則行社長)は14日、2012年春に始まる携帯端末向け新放送のサービス概要を発表した。名称は「モバキャス」。「ワンセグ」の13倍のチャンネルを約10倍の画質で楽しめる。スマートフォン(高機能携帯電話)の拡大をにらみ、ドコモと総務省が華々しく推進してきた新事業だが、「東京スカイツリー」から効率的に電波を発信する設備計画のもろさが露呈するなど雲行きは怪しい。
 「フェンシング・ケータイ」――。携帯電話業界では今、新放送対応のアンテナを搭載したスマートフォンの試作機がこう揶揄(やゆ)されている。屋内で電波を受けるためのアンテナが、まるでフェンシングの剣のように見えるからだ。
 その長さは実に30センチメートル。ドコモや携帯電話機メーカーの開発陣は「30センチ問題」に対応するために試行錯誤を繰り返す。「イヤホン型のアンテナを使ってもらう」(ドコモ幹部)など代替策や、先端をコイル状に巻いたアンテナ、充電器に長いアンテナを取り付けるなどの案もある。
 新放送は生中継に加え、就寝中などにコンテンツをダウンロードし、スマートフォンに番組を蓄えておく「蓄積放送」が強み。ただそのためには屋内で電波を受信する必要がある。ドコモ子会社は東京スカイツリーで全世帯の3分の1に当たる1600万世帯をカバーする計画だ。
 永松社長は「出力が高い大電力方式なので多くの世帯をカバーできる」と説明するが、「ギャップフィラー」と呼ばれる補助な中継アンテナやWiFi無線の活用といった設備面の追加投資は必須とみられる。
 「だから言ったのに……」。昨年新放送の設備運営の総務省への申請を巡りドコモと争ったKDDIの幹部はこう漏らす。電波問題の原因はドコモの設備設計の甘さにある。
 昨年総務省に提出した事業計画で、KDDIは約770億円を投じて中小型局865局を整備するとした。一方、ドコモ側は設備投資を440億円に抑え、東京スカイツリーを軸に既存の放送局を活用して全国を125局でカバーする。設備レンタル料や利用者料金を抑えるためともいえるが、技術者出身のKDDIの小野寺正会長(当時社長)は総務省の公開説明会で「屋内で使う発想がなさすぎる」と皮肉った。
 設備申請を許可した総務省も、事業者認定を大学教授らで構成する電波監理審議会に委任。ドコモ側に軍配を上げた電監審はコストなどを算定基準としたが、「専門家不在の組織が多数決で決めた」(通信業界関係者)との指摘は根強く残る。
 総務省は8月にもジャパン・モバイルキャスティングから設備を借りて放送事業に参入する企業の参入募集を開始する。ソフトバンクグループや学習塾のナガセなどが参入に意欲を示すが、「枠が埋まらない可能性もある」(証券アナリスト)との声もある。
 KDDI幹部は「参入するメリットがない」と話すなど他の通信事業者との溝も埋まっていない。
 かつて携帯端末向け有料放送の先駆けといわれ、東芝などが主体となり04年にサービスを開始した「モバイル放送(モバHO!)」は加入目標の200万人に対し約10万人にとどまり、09年3月にサービスを終了する末路をたどった。米国でクアルコムが進めた「フローTV」も同社が撤退するなど、無料が中心となってきたネットサービス時代に有料放送の利用者確保は厳しい。「モバHO!」と同じ轍(てつ)を踏まないような知恵が必要になっている。

 ▼携帯端末向け新放送 24日に停止する地上アナログ放送の空き電波を使って2012年春に始まるサービス。現行の「ワンセグ」の約13倍のチャンネル数が使え、映像の画質も約10倍に高められる。スポーツや音楽ライブを生放送で楽しめるほか、端末にコンテンツを蓄積することもできる。雑誌やアプリなど映像以外のコンテンツを配信できるほか、簡易ブログ「ツイッター」などとも連携する。

試薬セット、タンパク質合成容易、ジーンフロンティアなど開発、短時間で高純度に。

 カネカ子会社のジーンフロンティア(千葉県柏市)は簡単にタンパク質を合成できる試薬セットを東京大学と共同開発し、販売を始めた。遺伝子を反応液に加えるだけで簡単に高純度のタンパク質を合成できるという。試薬を使った創薬支援サービス事業も展開し、研究所やバイオ医薬品メーカー向けに売り込む。5年後に10億円の売り上げを目指す。
 試薬セット「PUREfrex」=写真=は試験管内で反応液に遺伝子を加えるだけで短時間にタンパク質を合成できる。反応液の製造過程で生じる不純物が従来の試薬セットに比べ少なく、効率良く、かつ高純度のタンパク質をつくれる。
 ジーンフロンティアはこの試薬を利用して一度に多くの種類のタンパク質を短期間で解析できる技術も開発。各タンパク質にどのような結合特性があるのかなどを探れるため、創薬支援サービスとして提供する。

骨髄提供者の免疫細胞、患者臓器の攻撃抑制―感染症リスク低減に期待。

 骨髄移植や臓器移植の場合、患者の免疫システムが体内に入ってきた提供者の骨髄や臓器を異物と認識する免疫反応と、患者の体内に入った提供者の免疫細胞が患者の体そのものを異物と認識する免疫反応の両方が起き、ともに移植の際のリスクとなる。
 骨髄移植の際には提供者の免疫細胞が患者の臓器を攻撃する「移植片対宿主病」などが発症するため、これを防ぐために免疫抑制剤を投与する。ただ現在の一般的な免疫抑制剤は幅広く免疫を抑制するため、感染症にかかりやすくなるほか、白血病を再発しやすくなるとされる。
 新薬候補は提供者由来の免疫細胞と患者の臓器の間でのみ免疫抑制の機能が働く。白血球の型が一致しない提供者からの移植片対宿主病のリスクを下げつつ、骨髄移植後の感染症や再発のリスクを小さくすることが期待できる。
 こうした免疫抑制剤はなく、製品化できれば世界で初めてになる見通し。骨髄移植に加え、臓器移植でも使われるようになればさらに市場拡大が見込めるとみている。

渋谷工業、皮膚疾患の小型治療器、名古屋市立大と共同開発、往診に持ち運びも。

渋谷工業は皮膚治療を専門とする名古屋市立大学の森田明理教授と共同で、アトピー性皮膚炎など皮膚疾患の小型治療器=写真=を開発した。医療機器の商社などを通じ、17日に発売する。人体への影響が少ない波長の紫外線を当てる仕組みで、患部が狭い患者の治療に向くという。1台の重さは約1・5キログラムで携帯も可能。往診にも利用できる。
 新製品「TARNAB(ターナブ)」は手で機器を握りやすくするためドーナツ状にした。紫外線の光を出す部分の面積は16平方センチメートル。皮膚の敏感さは個人差があり、光を当てる時間を1~120秒の間で調整できる。価格は1台400万円。初年度に100台の販売を目指す。
 すでに薬事法で定められた登録認証機関から医療機器の認証を取得した。厚生労働省から保険の適用を受けられるよう申請済みで、最短で8月上旬には認められる見通しとしている。
 これまでの治療器の多くは半身や全身に光を当てる大型の機器が主流で、持ち運びが難しかった。患部が狭い場合には患部以外を黒い布で覆い、光を遮るなどの工夫が必要だったという。

骨髄提供者の免疫細胞、患者臓器の攻撃抑制―レグイミューン、米で第1相治験。

 創薬ベンチャーのレグイミューン(東京・港、森田晴彦代表取締役)は白血病治療などでの骨髄移植の際、提供者の骨髄に含まれる免疫細胞が患者の臓器を異物と認識して攻撃するのを抑えられる新薬候補について、米国で第1相臨床試験(治験)を始める。感染症の病原菌などに対する免疫力は弱めないのが特徴。2015年末までの販売を目指し、ピーク時に年間400億円以上の売上高を見込む。
 新薬候補「RGI2001(開発番号)」の薬効成分は「αガラクトシルセラミド」という物質で、「リポソーム」と呼ばれる脂質のカプセルに封じ込めた。これにより薬効成分を免疫の抑制にかかわる「抑制性抗原提示細胞」に集中的に送り込め、提供者の免疫細胞による患者体内での免疫反応が起きにくくなる。
 この仕組みにより、RGI2001を投与した患者に骨髄移植をすると、骨髄提供者由来の免疫細胞は患者の臓器と接触してもほとんど攻撃しなくなるという。
 今月下旬から第1相治験に入り、12年12月末までに前期第2相治験を終える計画。この治験は約50人の患者を対象として同社が単独で実施。治験で得たデータを基に国内外の大手製薬会社と交渉し、開発・販売権を譲渡したい考えだ。
 同社は昨年中に米国で治験入りすることを目指していたが、米食品医薬品局(FDA)から治験方法の変更を求められ、約1年間延期した。今回はFDAがすでに治験入りを許可したという。
 レグイミューンはキリンビールで医薬開発事業に携わった森田社長が06年に設立。リポソーム化したαガラクトシルセラミドが特定の異物に対してだけ免疫反応を抑制することは理化学研究所の石井保之チームリーダーらが発見し、同社が特許の実施権を得た。石井氏は同社社外取締役も務める。同社はRGI2001のほかにも3つの医薬候補を開発中。前臨床段階にあるワクチン候補「RGI4000」はアステラスと共同開発契約を結んでいる。
 ▼免疫の抑制 体内では異物を受け入れて攻撃しないようにする免疫の抑制と、攻撃して排除しようとする免疫の活性化が同時に起きる。異物情報が抑制性の「抗原提示細胞」を通じて免疫細胞に伝えられると免疫は抑制に向かい、一般的な「抗原提示細胞」を経て伝えられると免疫は活性化する。通常は後者の割合が大きく、抑制は起きていないようにみえる。
 新薬候補の薬効成分である「αガラクトシルセラミド」は抗原提示細胞の能力を向上する効果があるとされる。リポソーム化により集中的に抑制性抗原提示細胞に届き、活性化より抑制の割合が高くなる仕組みだ。

高エネ研、電子含む金属酸化物の膜、100原子層積み重ね技術――室温超電導へ期待。

 高エネルギー加速器研究機構の組頭広志教授らは、電子を大量に含むバナジウム酸ストロンチウムと呼ばれる金属酸化物の膜を100原子層積み重ねる技術を開発した。冷やさないで電気抵抗がゼロになる室温超電導の手がかりになる成果と期待される。
 東京大学の尾嶋正治教授と日本学術振興会の吉松公平特別研究員らとの共同成果。内容は15日付の米科学誌サイエンスに掲載された。
 積層膜の作製にレーザー分子線エピタキシーと呼ぶ技術を用いた。装置内の不純物を極限まで除去、基板と膜の材料の最適な組み合わせ、精密な温度制御などによって酸化物の膜を原子層1枚ずつ積めるようにした。
 銅酸化物は膜を重ねるにつれ、より高い温度で超電導を示すが、これまで4枚以上積むことが難しかった。組頭教授は、「今回の技術を銅酸化物に応用すれば、室温超電導が実現する可能性もある」と言う。

多発性硬化症、悪化防ぐ仕組み解明――阪大など、たんぱく質分泌促す。

 大阪大学の馬場義裕特任准教授、理化学研究所などは難病の多発性硬化症の悪化を抑えるメカニズムを解明した。過剰な免疫反応を抑える役目の細胞で重要な役割を果たすたんぱく質を見つけた。新たな治療法の開発につながる成果という。
 多発性硬化症は脳や脊髄(せきずい)、視神経などに炎症が起こり、運動まひや感覚障害などを起こす疾患。国内の患者は約1万2000人。特定疾患に指定されている。
 これまでに過剰な免疫の働きを抑える細胞「制御性B細胞」が疾病の悪化を抑えるたんぱく質を出すことは知られていた。だが詳細なメカニズムは不明だった。
 研究チームは多発性硬化症と似た症状を起こすマウスで実験した。制御性B細胞の中にあるたんぱく質「STIM」に注目。このたんぱく質のないマウスでは症状が悪化した。STIMは細胞内のカルシウム濃度を調節することで、悪化を防ぐたんぱく質の分泌を促していた。

ハエの腸の左右非対称、細胞にねじれる力――東京理科大、仕組み解明。

 東京理科大学の松野健治教授らは、ショウジョウバエが胚の段階で、腸に左右非対称性が生まれる仕組みを解明した。腸を構成する上皮細胞がねじれて傘の柄のような形ができるが、細胞の形がゆがむことでねじれる力が生み出されていた。人の腸でも同じ仕組みが働いている可能性があるという。臓器の形を制御する技術の足がかりになり、将来の臓器再生にも役立つと期待している。成果は米科学誌サイエンスに15日掲載された。
 動物は外見が左右対称でも内臓の器官は非対称のケースが多い。ショウジョウバエは受精卵から成長した胚の段階で、人の小腸・大腸に相当する「後腸」ができ、角度が90度ねじれることで傘の柄のような左右非対称な形を作る。
 研究チームは後腸を構成する上皮細胞の個々の形を測定し、腸がねじれる前は細胞が左右にゆがんでいるのを見つけた。左右の手のように似ているが重ならない形ができていた。ひずみはねじれた後に解消し、細胞の形も安定した六角形に戻った。形のゆがみがねじれを生む力になるのは、コンピューターによる模擬計算でも再現できた。

産総研、薄膜半導体、性能100倍、インクジェット印刷法を開発――大画面表示に道。

産業技術総合研究所は従来に比べ100倍以上高性能な有機薄膜半導体を製造できるインクジェット印刷法を開発した。これまで困難だった大画面の電子ペーパーなどに必要な性能レベルを達成しており、今後製品開発を加速できるとみている。
 高エネルギー加速器研究機構との共同研究成果で、英科学誌ネイチャー(電子版)に掲載された。
 インクジェット印刷法は半導体材料の微小な液滴をインクのように基板に吹き付けて薄膜をつくる製造法。新技術は半導体材料の液滴の前に、材料の結晶化を促す液滴を吹き付ける2段階方式にしたのが特徴で、「ダブルショットインクジェット印刷法」と呼ぶ。
 従来は薄膜が多結晶やアモルファスだったが、新手法は高品質な単結晶の製造を可能にした。薄膜トランジスタ(TFT)を製造したところ、電子の移動度という性能が従来印刷法の100倍以上で、有機TFTとしては世界最高性能になったという。
 それだけ動作速度が向上し、表示装置なら大画面化につながる。ポスターサイズの電子ペーパーを可能にするレベルという。今後、金属配線などの印刷法と組み合わせ、表示装置用の高性能な駆動回路パネルの試作などを進める。

がん患者の細胞、体外3D環境で増殖――大阪府立成人病センター、治療効果の予測も。

 大阪府立成人病センターの井上正宏部長らは、患者から採取したがん細胞を、体外の3次元環境で増殖する手法を開発した。この細胞を使えば個人ごとに異なる抗がん剤や放射線の治療効果を、事前に細胞レベルで予測することも可能。患者に最適な治療法選択などに役立つとみている。
 患者のがん組織を採取してフィルターに通し、バラバラにならなかった断片を集めて培養した。がん細胞だけが丸くなり他の細胞と区別できた。がん細胞は、約2週間以上生き、増えた。胚性幹細胞(ES細胞)の培養に使う栄養や増殖因子入りの培地を使うとよく増えることも分かった。大腸と肺、ぼうこうのがん細胞で確認した。
 患者から採取したがん細胞の培養は難しく、従来はフィルターを通ったバラバラの細胞を選んで培養していた。しかし正常細胞が混入したり、途中でがん細胞が不安定になり大半が死んでしまったりする課題があった。特別な条件で増殖した「がん細胞株」を使うこともあるが、培養を繰り返すとがん細胞の性質が失われてしまうという。
 新手法は患者のがん細胞をそのまま培養・増殖できるため、がんの研究・治療に広く役立つ。がん細胞をマウスに移植すれば、患者の状態も再現可能。効果のない治療を回避でき、患者負担の軽減や治療費の節約につながるとみている。
 成果は米科学アカデミー紀要に掲載された。

マイクロ波活用の新波浪計、穏やかな海でも観測――東大が開発、周波数を自動解析

年間稼働率 9割に向上
 東京大学の林昌奎教授は、マイクロ波を使った新型波浪計を開発した。海面で反射したマイクロ波の周波数を自動解析し、海の波高や波の向き、速度を算出する。波が低い穏やかな海でも観測できるため、従来型のレーダーでは5割以下にとどまっていた年間稼働率を9割に引き上げられるという。半年後をメドに実用化し、自治体向けに売り込む。
 開発したのは2台のパラボラアンテナを組み合わせたレーダー。海面での反射波がレーダーに向かって動けば周波数は高く、レーダーと逆方向に動けば低くなる。2台のアンテナを組み合わせることで、波の東西南北の向きを判別できる。
 このレーダーで数分間継続して観測することで、風が吹いて立つさざ波など海面の波と波長が異なるノイズを自動的に取り除ける。周波数のほか、反射波の強さも解析し、海面の平均潮位を算出できる。
 波浪観測用のレーダーはマイクロ波で海面の写真を撮影する画像レーダーを使うのが一般的。このレーダーは解像度が低いため、波高が30センチ以下の穏やかな天候では、風で起きるさざ波で反射波が増幅されて誤差が大きくなった。晴天時には使いにくく、年間稼働率が低く普及が遅れていた。
 林教授らは神奈川県平塚市の沖合に新型波浪計の実験機を作り、性能試験を進めている。今後はメーカーと交渉して装置の量産化を目指し、総務省に波浪計の設置許可を申請する。レーダーの価格はアンテナと送受信装置、データの解析装置を含め1台あたり1000万円強と、従来の海底設置式の波浪計に比べ3分の1程度に抑えられる見通し。
 安価で稼働率が高い新型波浪計が普及すれば、平常時の波高観測や台風の高潮、地震で発生した津波の観測に役立つ。

磁気構造材料の電気抵抗増減、九工大・ロシア准教授ら実証試験。

無限HDD実現へ新理論 らせん磁性・電子が干渉
 日本とロシアの理論物理学者が計算で求めた磁性材料の新しい理論が話題になっている。ハードディスク駆動装置(HDD)の容量を無限大にできる可能性があるからだ。候補の磁性材料はすでに何種類か見つかっており、高密度記録が本当に可能かどうか、国内の共同研究者が実証試験に着手する。
 新理論を唱えたのは、九州工業大学の岸根順一郎准教授とウラル州立大学のアレキサンダー・オブチニコフ准教授ら。特殊な磁気構造の材料に外部から磁力を与えると、磁力の増加に伴って電気抵抗が極端に増減する新しい物理現象が起きるという。現在の記録媒体は情報を「1」「0」の2種類の信号(ビット)で蓄えるが、「新理論によれば無限ビットを実現できる可能性がある」(岸根准教授)
 この新しい現象は、電子の回転でできる微小な磁石(スピン)がらせん状に並んでつながった「カイラル磁性結晶」と呼ぶ材料で生じる。結晶中の原子の間隔は10分の数ナノ(ナノは10億分の1)メートルで、原子が数百個並んだ数十ナノメートルの周期でらせん状の磁性が現れる。
 らせんの進行方向と垂直な方向から磁力を与えると、磁力の増加に伴ってらせんの周期が広がる。らせんと同じ方向に電子を流すと、らせん磁性の周期と電子の波の周期が干渉。電子が定常波という状態になって進みにくくなり、電気抵抗が極端に増える。磁力をさらに高めて干渉が弱まると、電子が再び流れやすくなって抵抗が下がる仕組みだ。
 今回、岸根准教授らは磁性材料に与える磁力を数十ガウス(ガウスは磁力の大きさ)から数百ガウスまで増やしていくと、電気抵抗の高いピークが繰り返し現れることを理論計算で示した。数百ガウスの磁力はホワイトボードに張る磁石程度に低く、実用的にも扱いやすい。
 カイラル磁性は、材料自体の結晶構造がらせん状だと現れる。らせん状の結晶構造を持つ材料は水晶など自然にも数多く存在する。しかし磁性がないために新理論を適用できない。それでも「心配はいらない。カイラル磁性結晶はすでに合成されている。あとは共同研究者が理論を実証するだけだ」と岸根准教授は実用化に自信を持つ。
 人工のカイラル磁性結晶は、マンガン・シリコンなど少なくとも6種類が合成されている。同結晶を実際に合成した青山学院大学の秋光純教授や広島大学の井上克也教授らが岸根准教授のチームに加わっている。同チームは年内にも、フランスのラウエ・ランジュバン研究所や大阪府立大学で実証試験を始める予定だ。
 今回の理論計算の内容は米物理学会の論文誌フィジカル・レビュー・レターズ(電子版)に7月1日付で掲載された。実社会と距離がありがちな基礎物理学の研究成果ではあるが、具体的な用途を期待して学界以外からも注目を集めている。ロシアの新聞イズベスチヤには、オブチニコフ准教授のインタビュー記事が掲載された。
 無限の情報を小さなHDDなどに詰め込める新技術。果たしてそんな技術が実現できるのか。それをどうしたら使いこなせるのか。商品化になじむ技術なのか。疑問は果てしなく広がるが、さまざまな可能性を秘めた新理論といえそうだ。

半導体検査、速度2倍、アドバンテスト、NAND型向け。

 半導体検査装置大手のアドバンテストは、NAND型フラッシュメモリー向けの新型検査装置を発売した。工程別に2機種を用意。検査速度を従来比で2倍以上に高めたほか、同時に検査できる数を増やすことで検査コストを半分程度に抑えることができる。次世代のNAND型フラッシュメモリー向けでの需要を見込む。
 新型検査装置のうち、ウエハーの状態で検査する「HA5100CELL」では、動作周波数は競合製品に比べて2倍以上の100メガ(メガは100万)ヘルツを実現。同時に4枚のウエハー、チップでは6144個のNAND型フラッシュメモリーを検査できる。パッケージ後向けの「T5773」では、動作周波数は最大200メガヘルツで同時に768個のNAND型フラッシュメモリーを検査できる。
 NAND型フラッシュメモリーは、スマートフォン(高機能携帯電話)やタブレット端末などの登場で需要が拡大している。さらにデータの転送速度が毎秒400メガビットと従来比で10倍近く高速化する次世代製品も開発されている。アドバンテストでは、次世代NAND型フラッシュメモリー向けの検査装置をいち早く投入することで売上高を拡大する狙いだ。

新エネの可能性風力(上)太陽光より普及の壁高く

 太陽光や風力などでつくった電気の全量買い取りで再生可能エネルギーの導入拡大を狙った再生エネルギー特別措置法案の国会審議が14日始まった。「脱原発依存」を表明した菅首相は成立に強い意欲を示している。
 再生可能エネルギーと言えば太陽光が代表格だが、国内で最も導入余地が大きいのは風力だ。環境省の試算(洋上風力発電を含む)によれば、買い取り制度に技術革新と事業費補助が加わった場合で導入可能量は15億キロワットに達する。大型太陽光発電所などの建設が見込まれる非住宅分野の太陽光発電の10倍以上だ。
 ただ、従来は国が風力発電所の建設費の3分の1を補助する制度があったが、買い取り制度導入と引き換えの形で先行して打ち切られており、シナリオのように買い取り制度と補助金の「併用」になるかどうかは不透明だ。実際、補助打ち切りの影響で、昨年度の風力発電の新規導入量は26万キロワットと09年度比13%減少した。
 風力発電は可能性は豊かだが、導入に向けた壁は結構高い。風車の回転で発生する低周波音が人の健康に悪影響を及ぼす問題もその一例だ。風車に鳥が衝突する「バードストライク」も生態系保全の観点から問題視されている。環境省は出力1万キロワット以上の風力発電所を建設する際に環境アセスメント(事前評価)を義務付ける方針だ。再生可能エネルギー導入促進と環境保全の板挟みになっている状況だ。洋上の場合も立地を巡って漁業者との調整が必要になる可能性がある。
 全量買い取り制度が実現すれば追い風になるが、それで順風満帆というわけにはいかない。風力の可能性を引き出すには規制の見直しや利害調整など環境整備が欠かせない。

富士フイルム、工場間で電力融通体制、東電管内、富士宮の自家発活用。

富士フイルムは、東京電力管内にある拠点間で自家発電の電力を融通できる体制を整えた。今夏義務付けられた使用最大電力の15%削減が難しくなった場合に融通を実施し、東電からの購入電力を減らすことで削減率を確保する。空調や照明などの節電を優先するが、緊急時のリスク対策として、東電の送電線を通じて電力を送る託送契約を同社と結んだ。
 政府の電力使用制限は契約電力500キロワット以上の事業所に15%削減を義務付けており、同社では東電管内で15拠点が対象になっている。同社は15拠点をまとめて合計の使用最大電力を削減する手法をとっている。削減の基準値となる昨夏の使用最大電力は計約5万7000キロワット。
 電力融通に活用するのは、医療用のレントゲンフィルムなどを製造する富士宮工場(静岡県富士宮市)の自家発電設備。天然ガスを燃料とするコージェネレーション(熱電併給)システムがある。発電能力は明らかにしていないが、数万キロワット規模とみられる。
 東電管内ではほかに神奈川工場足柄サイト(神奈川県南足柄市)など2カ所にも自家発電設備があるが、富士宮工場の設備が最も発電余力があるという。
 同社は効果的な節電に向け、東電管内の15拠点のうち、電力使用量の95%を占めている11拠点に、使用量を計測・把握するシステムを導入。拠点ごとの使用電力量を本社や各拠点で逐次把握できる。15拠点合計の使用電力の動きを推定し、猛暑などで通常の節電策を使っても15%削減が難しいと判断した時に電力の融通を実施する。
 富士宮工場は工場で必要な電力の多くを既に自家発電設備で賄っているもよう。このため託送をせずに同工場で自家発電の電力の使用量を増やして東電からの購入電力を減らすという調整は難しいとみられる。
 同社は神奈川県にある研究所に設置している大容量蓄電設備のナトリウム硫黄(NAS)電池も活用し、夜間にためた電力を昼間に使う取り組みも進めている。節電目標を達成しながら生産への影響を避ける方針で、「想定外の事象が起こった場合のリスク対策として」拠点間で電力を融通できる仕組みを構築した。

三菱鉄構エンジ、円盤などで揺れを回転運動に、サーバールーム免震工事3割安。

 三菱重工業子会社で橋梁製造の三菱重工鉄構エンジニアリング(広島市、東完夫社長)は、地震時に部屋全体の揺れを軽減する低コストの免震装置を開発した。床の下部に防振ゴムや揺れを回転運動に変えるボールベアリングなど複数の仕組みを組み合わせたシステムを設置。床自体を補強する従来の一般的な免震工事に比べコストを3割程度抑えられる。東日本大震災後の企業・施設の耐震対策に対応し、サーバールームや美術館向けなどに販売を始めた。
 新免震装置は、揺れを吸収する防振ゴム、揺れでずれた建物と床の位置を戻すバネ、横揺れを軽減する装置、それに特殊機構で構成する。対象となる部屋の床に一定間隔をあけて設置し、部屋の中にある電子機器や物品に伝わる振動を抑える。
 最も重要な役割を担う特殊機構は、揺れを伝える棒状のネジの周りに、上下運動を回転に変えるボールベアリングを取り付けた。変換した回転運動が下部の円盤を回すことで免震。揺れが収まった後は、周りに取り付けたバネが、揺れによって下に沈み込んだ床と装置全体を上に戻す。
 これまでの一般的な部屋の免震は、床自体の鋼材やコンクリートなどの重量を増すことで、揺れの周期を長くして振動を抑えてきた。ただ材料調達から施工までの工費がかさむ課題があった。三菱鉄構エンジの新型免震装置の工費は個別に見積もるため明らかにしていないが、従来手法と比べると一般に3割ほど削減できるという。
 企業のサーバールームなど振動が性能に影響する機器を備えるオフィスや、美術館や骨董品を扱う施設向けに売り込む。コンサートホールの防振などの用途も見込む。主に新しい施設に使うが、既存の施設にも設置できる。5年後をメドに、同装置を含めた免震事業の売上高を現在の2・5倍の年25億円に引き上げる計画だ。
 三菱鉄構エンジは三菱重工グループの橋梁部門などを担う子会社として2006年設立。広島市と千葉県富津市に工場を持ち、10年度の売上高は約260億円。橋梁の技術を生かして免震事業を本格展開する。