2011年6月30日木曜日

京都大学特定准教授木村欣司氏――世界一複雑な数式作成

世界一複雑な数式作成 「関の和算」に感銘、墓参り
 “世界一複雑な意味のある数式”を作った。その式は約1000億文字もあり、日本経済新聞朝刊で約1500年分に相当する文字数。とてもここには書き記せないが、16次方程式の解の数を調べられる「判別式」という数式だ。京都大学特定准教授の木村欣司(34)はこの分野で他の追随を許さない。今回の数式を応用すれば、建築物や電子回路などの設計を効率化できる。
 「xの16乗」を含む方程式と考えただけで気が遠くなるが、判別式を使えばその方程式の解が0~16個のうちいくつあるかわかる。判別式を求める計算量は、次数が1つ増えるごとに8倍になるという。木村は計算量を大幅に減らせる計算手法を編み出し、高性能のスーパーコンピューターで計算をなし遂げた。
 早稲田大学で情報科学を専攻し、コンピューターでプログラムを書くことに明け暮れていたが、情報学科教授・広田良吾の研究室に入り数学の世界へ。ここで数式処理ソフトの使い方を一から教わった。大学院博士課程では、数式処理ソフトの開発者である神戸大学教授の野呂正行のもとでソフト制作に打ち込んだ。2人の師匠から教わったアイデアが、木村の計算手法にふんだんに生かされている。
 そしてもう1人の偉大な“師匠”が、江戸時代の数学「和算」を極めた関孝和だ。関は判別式の概念を世界で最初に示した人物として知られる。木村が判別式というテーマを選んだのは、数式処理ソフトの性能を測る指標として判別式の計算が使われていたこともあるが、「判別式の計算は江戸時代から続く和算を発展させることそのもの」という動機もある。
 関はまだ計算機すらなかった時代に、1458次方程式を解く必要がある難問の解法を示すなど、常人離れした才能を持っていた。木村はコンピューターを使って関の解法を追試し、その正確さに改めて感銘を受けたという。2010年に15次方程式の判別式を完成させた際には、関の墓前に報告に向かった。「関孝和に報告するという目標があったからこそ達成できた」と打ち明ける。
 このほど、理化学研究所と富士通のスパコン「京」が世界一の性能と認められた。木村は「京の全ての力を使えば、20次方程式の判別式も求められる」と期待する。だがスパコンの性能向上だけに頼っているわけではない。「今回の計算手法は、まだ理論値より100倍も無駄がある」。より効率的な計算方法を編み出そうと、日々頭をひねっている。
 プライベートでは今年結婚したばかり。妻は大学院で絵画を研究しておおり、「お互いに専門のことは全く分からない」と笑う。そして数学研究の息抜きは何かあるかと聞くと、息抜きも数学という答えだった。計算の理論で煮詰まったときは、コンピューターへの実装について考えて気分転換するのだそうだ。
 次の目標は17次方程式、そしてさらにその先へ。関孝和の背中を追いながら、木村の挑戦はまだまだ続く。
主な業績
アルゴリズムで計算量を大幅減
 コンピューターを使った「数式処理」が専門。数式に数値を当てはめて答えを出す「数値計算」と異なり、数式処理では数式を式のまま変形して答えを導く。誤差のない正確な計算ができる半面、計算量は膨大になり、効率よく計算するアルゴリズム(計算手法)の開発が欠かせない。
 計算量を大幅に減らせるアルゴリズムを考案し、16次方程式の判別式作成に世界で初めて成功した。12~15次方程式の判別式も作成している。建築物の耐震設計、電子回路や自動車部品の設計などでは高次方程式がよく出てくる。判別式を使えば計算を効率化できると期待される。
 ▼判別式 方程式の解の数を調べる式。2次方程式版なら高校数学で習う。2次方程式「ax2+bx+c=0」の判別式は「b2―4ac」で、この値が正なら方程式は2つの実数解を持つ。0なら実数解は1つ、負なら実数解はない。
 きむら・きんじ 1976年、埼玉県出身。99年早稲田大学理工学部卒。04年神戸大学大学院博士課程修了、同年九州大学研究員。06年京都大学助手、07年新潟大学助教。08年京都大学特定講師、09年から現職。

50年後想定、高CO2濃度、コメの高温障害深刻――農環研、実験結果から予測

 早ければ50年後に想定される現在より1・5倍高い二酸化炭素(CO2)濃度では、コシヒカリなど日本を代表するコメの品質が著しく低下することが、農業環境技術研究所の実験で明らかになった。収穫した米粒のうち形が整った米粒の割合(整粒率)は27%と、現在より17ポイント低下し、等級外になったという。同研究所はコメの高温障害を軽減する技術の開発に、今回の研究成果を役立てる。
 同研究所は茨城県つくばみらい市の実験水田に、正8角形状にCO2を放出するチューブを設置。風上からCO2を流して、区画内のCO2濃度を現在より約200PPM(PPMは100万分の1)高い584PPMにした。
 昨年は記録的な猛暑で、試験地における生育期間の日平均気温は平年より1・8度高かった。このため、現在のCO2濃度で育てたコメの整粒率は44%と低く、品質は3等級に届かなかった。今回の試験の結果、高いCO2濃度がコメの品質をさらに低下させることがわかった。

「はやぶさ」の別室から、岩石質の微粒子回収、JAXA、肉眼で確認も

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は小惑星探査機「はやぶさ」のカプセルで、昨年末に開封した小部屋から数百個の微粒子が見つかり、そのうち岩石質の10数個を回収した。0・1ミリメートル以上の大きさで肉眼で確認できるものもあった。はやぶさが2005年に着陸した小惑星イトカワから持ち帰った微粒子である可能性が高いという。
 カプセルはA、B室の小部屋に分かれ、2度のイトカワ着陸時に舞い上がった微粒子をそれぞれ採取した。既にA室からは約1500個の微粒子が見つかり、このうち約50個が初期分析に回された。JAXAは10日からB室からの回収作業に着手した。カプセルを反転させたところ数百個の微粒子が落下。静電気を活用して微粒子10数個を回収した。
 B室は1回目の着陸時に使ったもので、斜めの状態で2回目の時よりも長い時間イトカワに滞在していた。このためB室の内部をさらに細かく調べれば、A室よりも多くの微粒子が出てくる可能性があるとしている。

マウス皮膚細胞→肝細胞、九大、iPS経ず直接作製

 九州大学の鈴木淳史准教授らは、マウスの皮膚細胞から肝臓の細胞を直接作り出す技術を開発した。新型万能細胞(iPS細胞)を経ずに作れるので、がん化の危険性や作製時間・費用などを低減できる期待がある。肝炎や肝硬変などの新たな再生医療法の実現などに役立つ成果。英科学誌ネイチャー(電子版)に30日掲載される。
 皮膚細胞などから目的の細胞を直接作る手法は「ダイレクト・リプログラミング」と呼ばれる。世界で研究が活発化しており、神経や軟骨などを作る技術は既に開発されている。
 研究チームはマウスの皮膚細胞に「Hnf4α」と「Foxa」という肝臓で働く2種類の遺伝子を、レトロウイルスというベクター(遺伝子の運び手)を使って導入した。肝細胞が育ちやすい培養環境を整えたところ、約1カ月で肝細胞が得られた。胎児と大人由来の皮膚細胞でそれぞれ試し、いずれも肝細胞ができた。この細胞を「iHep細胞」と名付けた。
 これまでは皮膚細胞をiPS細胞に変え、さらに肝細胞に分化させる手順が一般的。ただiPS細胞はあらゆる細胞になれる半面、未分化な細胞ががん化する可能性などが指摘されている。
 得られた肝細胞は、本物の細胞と同様のたんぱく質が働き、肝細胞特有の機能も確認できた。増殖も可能。肝細胞が十分に働かず死に至るマウスに、作った肝細胞を移植すると2カ月後でも約40%が生存できた。「1回の移植での成績としては非常によい」(鈴木准教授)と評価。人にも同様の遺伝病があり、本人の皮膚細胞を活用した再生医療の実現につながると期待している。

土中の温暖化ガス、一酸化二窒素、分解する微生物発見――北大・東大、培養にも成功

 北海道大学の石井聡助教と東京大学の妹尾啓史教授らの研究チームは、土壌中でできる温暖化ガスの一酸化二窒素だけを分解して無害な窒素に変える微生物を見つけた。この微生物を取り出して培養することにも成功。水田や畑にまけば、二酸化炭素(CO2)とメタンに次ぐ第3の温暖化ガスである一酸化二窒素の発生を抑えられる可能性がある。
 見つけたのは水田の土壌中に住むハーバスピリダム属というグループに分類される微生物の一種。同属の微生物は一酸化二窒素や硝酸を窒素に変える性質を持つことで知られる。
 研究チームは、まず様々な微生物を含む土を一酸化二窒素の濃度を高めた空気の中に入れ、細胞分裂を阻害する薬品を加えた。すると盛んに細胞分裂していたハーバスピリダム属の微生物だけが阻害剤に反応し、円形から線状に変形した。変形した細胞を1つずつ採取して培養した。
 さらに硝酸を含む空気の中で微生物を培養し、硝酸濃度の変化を測定した。硝酸濃度が低くなった微生物を除外。一酸化二窒素だけを分解する微生物を分離できた。
 この微生物を畑や水田にまいた場合、硝酸の分解が抑制され、肥料のやり過ぎで起こる土壌の酸性化が加速する恐れがあるが、研究チームは「適切な施肥と併用すれば、温暖化も土壌酸性化も抑えられる」(石井助教)と考えている。耕作地以外の自然土壌や、人間の排せつ物を処理する下水処理場などでも使える。
 一酸化二窒素は大気中に微量に存在し、CO2の約300倍という高い温室効果を持つ。温暖化への寄与はCO2の1割程度と見られる。農地への肥料の投入や家畜の排せつ物で大量に発生し、産業革命以降の大気中濃度は上昇傾向にある。
 オゾン層を破壊する性質も持ち、増加が続けばフロンガスを上回るオゾン層破壊物質になる恐れも指摘されている。