2013年1月24日木曜日

次期有人潜水艇、深度1万メートル超え、海洋機構が長期計画。

 海洋研究開発機構が今後15年程度の研究開発目標を盛り込んだ「長期ビジョン」を5年ぶりに改定した。海底下のメタンハイドレートやシェールガスといったエネルギー資源の利用技術を開発する。津波や高波に関する災害情報を常時発信し、防災に役立てる。
 2014年度から5年間の次期中期計画には、新型の深海潜水艇の開発を盛り込む方針。現在の「しんかい6500」を上回る1万1000メートルの深さまで潜れる有人潜水艇の開発に着手する。
 大型探査船「ちきゅう」=写真=を使い、海底下7000~8000メートルのマントル上部まで掘り抜く「マントル掘削」で世界初の成功を目指す。
 海洋機構の年間予算は約400億円。新型潜水艇の開発などを計画通りに進められるかどうかは不透明だ。

京都大学、フォトニック結晶、3次元配線成功

3次元配線に成功
 ■京都大学 野田進教授らは、光を閉じ込めたり増幅したりする「フォトニック結晶」を使って、光のやりとりをする配線を立体的に作り出すことに成功した。省エネルギー動作を可能にする光メモリーの微細化に役立つという。研究成果は英科学誌ネイチャー・フォトニクス(電子版)に掲載された。
 5ミリ角の立方体のシリコン結晶を作製。内部に幅200ナノ(ナノは10億分の1)メートルのフォトニック結晶による配線をつくった。配線を上下方向に引く際、斜め45度と緩やかにし、水平方向と垂直方向の接続部分はわざと突起のように配線に余分な部分を残した。光は波の性質も併せ持つため、突起部分で反射を繰り返して上下方向に光が届く。これまでは配線を垂直に引くと光が漏れ出てしまい、配線を立体的に仕上げることは難しかった。
 配線を立体的にできることで、微細化が容易になる利点がある。光メモリーは従来の電気で起動する半導体に比べて熱が発生しにくい。

超電導ケーブルシステム、住友電工、工場で実証運転、配電網と接続、信頼性を検証




 住友電気工業は22日、大阪製作所(大阪市)で超電導ケーブルの実証運転を始めたと発表した。ケーブルを工場内の配電網と接続してシステムの信頼性などを検証。改良やコスト削減につなげる。電力の供給側の送配電網での超電導ケーブルの実験は進んでいるが、企業の工場といった需要家側で実証試験を実施するのは初めて。
 銅ケーブルは一般に送電ロスが5%発生する。超電導ケーブルを使うと送電ロスを3分の1から2分の1に減らせる。大容量の電力を長距離送る場合ほど省エネ効果が得られるという。データセンターや鉄鋼工場、自動車工場などの基幹ケーブルで利用を見込む。
 企業の省エネ意欲が強いため、大規模な設備投資が必要な電力会社の送電網向け超電導ケーブルよりも、需要が早く立ち上がるとみている。実験成果をもとに企業に提案を積極化し、5年以内の商業化を目指す。
 大阪製作所に導入したシステムは、交流の超電導ケーブル70メートルを敷設。高低差による影響を検証するため、ケーブルの一部は高さ18メートルの建物の壁面に配置した。マイナス約200度に冷却した液体窒素をケーブル内に循環させ、超電導の状態とする。投資額は3億円。
 住友電工は「ビスマス系」と呼ばれる金属材料で強みを持ち、世界で相次ぐ実証試験向けに材料を供給している。昨年10月には東京電力などと共同で電力会社の送配電網に超電導ケーブルをつなぐ国内初の実証試験も始めている。欧州での送電網の実用化に向けた実験にも超電導線を供給している。

遺伝子のスイッチ役「エピゲノム」研究――がん治療薬も登場、創薬競争が本格化。

 エピゲノムはDNAに刻まれたゲノム(全遺伝情報)から生命活動に必要な情報を引き出す仕組みだ。人の体を構成する約60兆個の細胞のゲノムがすべて同じにもかかわらず、皮膚や神経、筋肉などの違いがあるのは、エピゲノムによって遺伝子が「オン」「オフ」になるから。具体的には遺伝子の特定の場所にメチル基などの分子がくっついたり外れたりする化学変化によって起こる。
 ヒトのエピゲノムは、約200種類ある細胞ごとに異なる。このため医学応用につなげるには膨大な情報量を解析しなければならない。シーケンサーと呼ぶ最先端の解析装置などが普及した2000年代半ばから研究が国内外で急速に進んだ。
 まず、がんの分野で先行した。白血病の前段階である骨髄異形成症候群では、がん抑制遺伝子にメチル基がくっつくのを防ぐ薬が開発され、日本を含めて欧米で治療薬として使われている。
 糖尿病などの生活習慣病やうつ病などの精神疾患でも、発症や再発とエピゲノムとの関係が明らかになるにつれ、今後、治療薬の開発競争が本格化する見通し。
 「エピゲノム薬」では目的の臓器や組織にだけ薬剤が到達するようにしなくてはならない。ほかの臓器や組織に作用してしまうと正常なエピゲノムを狂わすことになりかねないからだ。実用化にはドラッグ・デリバリーシステム(DDS)の活用なども欠かせない。

洋上プラントの土台、IHI、中古船を改造――シンガポール勢に対抗。

塗装一度で、費用削減
 IHIは洋上プラントに使われる船の改造事業に乗り出す。中古の大型ばら積み船やタンカーの不要な骨組みや壁材を取り外し、腐食部の塗装などをやり直して中小型洋上プラントの土台に仕上げる。愛知工場(愛知県知多市)の老朽化した溶接・切断機械を更新するほか、塗装の専門治工具も開発。改造コストを抑えてシンガポール勢に対抗する。
 手がけるのは1基あたりの改造の受注額が50億~100億円程度の中小型。全長200~300メートルほどの中古船を愛知工場に持ち込み、船体の補強や一部構造を変更したうえで、洋上プラントを一定の位置に保持する係留装置を取り付ける。採掘した石油や天然ガスを貯蔵するタンクの据え付けなどを含め、7~8カ月かけて洋上プラントの土台に仕上げる。
 中古船の改造はプラント用に新規に土台部分を建造する案件に比べて需要が多いとされる。ただ改造は塗装工程など人手がかかる作業が多いため、人件費の安いシンガポール勢が強かった。
 IHIはこれに対抗するため、1~2年後をメドに塗装の専門治工具を開発。塗装を厚くするため複数回塗り直す必要があった工程を一度で済ませる仕組みとする。また老朽化した溶接・切断の設備を更新することで効率化も進むとみており、全体で2~3割ほどコストを抑える。これによりシンガポール勢とのコスト差をほぼなくせるとみており、納期管理や技術力などで勝るIHIの強みを生かせば受注が確保できると判断した。
 すでに複数の商談が進んでいるとしており、年度内から来年度初めにかけての初受注を目指す方針だ。洋上液化天然ガス(LNG)プラント向けの案件も受注を目指す方針で、改造事業を中心に3~5年後に約500億円の受注を目指す。中古船の改造を手がけることで、得意とするLNG用の高性能タンク「SPBタンク」の受注拡大も期待できるとみている。
 IHIの愛知工場は、リグとよばれる大型の海洋掘削装置の建造を手がけるなど海洋開発分野の専門工場で、SPBタンクも製造している。年6兆円とされる海洋開発分野では日本勢が劣勢にあり、建造受注に占める割合は1%弱とされる。国内造船大手は海洋試掘船やオフショア支援船など海洋開発分野のテコ入れを急いでいるが、IHIも改造需要の開拓で巻き返しを狙う。

5秒で鏡から透明に、調光ミラーシート、切り替え早く、産総研試作。

産業技術総合研究所は23日、窓ガラスに貼って太陽光を遮り冷房効果を高める新型の調光ミラーシートを開発したと発表した。水素ガスを利用し鏡になったり、透明になったりする。5秒で切り替えられる。電気で切り替える従来の調光ガラスに比べて素早い。調光する薄膜も薄く製造コストの大幅削減が期待できる。
 試作した調光ミラーシートは縦37センチ、横26センチ。透明シートの上にマグネシウム合金とパラジウムの2層からなる調光薄膜をつけ、ガラスに貼り付けた。電気分解用の高分子膜に3ボルト程度の電圧をかけ、空気中の水蒸気から水素を発生させて、ガラスと調光薄膜の間にある0・1ミリメートル程度の隙間に流すと、鏡の状態から透明に変化する。
 試作品は約5秒で鏡の状態から透明に変わる。同じ大きさの従来の調光ガラスは30秒ほどかかっていた。1メートル角の場合は10分程度必要だったのが約30秒に短縮できる。
 また従来は調光層が5層あるのが一般的だが、これを2層にした。全体の厚みも100ナノ(ナノは10億分の1)メートル以下と約10分の1になった。
 試作品は透過率が約40%だが実験室レベルでは60%を達成した。今後、透過率を70%以上に高めて自動車のフロントガラスなどへ応用を目指す。

奈良先端科学技術大学院大学准教授中嶋琢也氏―省エネ調光ガラス実現

 紫外線が当たると青色になり、電気を流すと無色になる。調光ガラスと呼ぶ特殊なガラスを、従来より10分の1以下の消費電力で実現したのが奈良先端科学技術大学院大学准教授の中嶋琢也(35)だ。優秀な若手研究者と周囲からはみられているが、本人の研究に対する姿勢は人一倍厳しい。ビルの空調効率などを上げ、大幅な省エネ実現につなげるのが目標だ。
 中嶋が扱うのは、電気と光に反応して色が変わる「フォトクロミック材料」だ。分子構造などを工夫して様々な性能を引き出す研究競争が繰り広げられているホットな分野だ。
 色の変化をもたらすのは「ターアリーレン」という分子だ。これを使って横1センチメートル、縦4センチで厚さが2ミリのガラスを作製。実験すると、電気を流して50秒ほどで青色から無色になった。電気を流すと雪崩が起きたように、次々と分子の反応が連鎖する。これが今回の性能を実現した要因だ。従来は電子1つに対して1つの分子が反応するだけだった。
 「5つ目くらいの分子で、考えていたような結果が出た」。中嶋は今回の研究成果を淡々と振り返る。微小な分子が多数集まった超分子に関する知識を生かし、実験がもくろみ通りにいったからだ。
 中嶋は学部から大学院に飛び級で入学。博士課程も期間を短縮し、わずか25歳で学位を取得するなど研究者としてエリートコースを歩んできた。今回もそつなく研究をこなして成果を出したと思われそうだが、中嶋は「楽をした研究はあまり成果が出ない」と断言する。冷静な受け答えの中に、強い執念を感じさせる。
 中嶋の研究手法は明快だ。原理を追究し、解明した理論に沿って新材料を合成する。材料の物性を評価して理論との整合性を詰める。たとえ優れた材料ができても手放しで喜ぶことなく、「なぜそうなるのか」と突き詰める。原理の追究と実験をひたすら繰り返す日々で、単純作業も多い。しかし、証拠を1つ1つ挙げて犯人を追い詰める警察小説のような過程が好きだという。
 2004年、九州大学で学位を取って間もない中嶋は、隣の研究室にいた河合壯の奈良先端大教授就任に合わせて一緒に移った。「学年トップクラスの最優秀な学生。自身がカバーしきれない超分子という専門分野を持っている」と中嶋に目を付け、引き入れた。
 河合の専門は光化学で、約20年前に光で着色したフォトクロミック材料が、電気を流すと無色になるのを見つけた先駆者だ。中嶋は光を扱う物理化学が苦手だったが、論文を必死に読み込むなどして河合に食らいついた。それを大学院時代に取り組んだ超分子に関する知識と融合させた。
 中嶋は「野球でいうと、今のところコツコツとヒットを打ち続けている感じかな」とこれまでの成果を分析する。ただ、「いつかホームランを打ってやる」との情熱も胸に秘めている。

ヒトiPSで毛包再生、慶大、マウス実験、男性脱毛症の治療に期待。

 慶応義塾大学の大山学専任講師と岡野栄之教授らはヒトのiPS細胞を使い、毛を作り出す「毛包」と呼ぶ組織の一部を再生することにマウス実験で成功した。男性の脱毛症などの治療に役立つ可能性がある。成果は米科学誌ジャーナル・オブ・インベスティゲイティブ・ダーマトロジー(電子版)に発表した。
 研究チームはヒトのiPS細胞から、毛包を形成する細胞「ケラチノサイト」になる一歩手前の前駆細胞を育てた。これを毛の作製を促すマウスの線維芽細胞と混ぜ、実験用マウスの皮膚に植えた。2~3週間後に毛包の一部が体内で再生し、毛髪も作られていた。
 ヒトのiPS細胞から作った細胞が、毛包の構造を担っているのも確認した。今後は、マウスの細胞を使わずに、毛包を再生する技術の開発を目指す。再生した毛包は発毛剤などの開発にも役立つと期待している。
 脱毛症に対しては、自分の毛包を採取して植毛する手法などがあるが、毛包の数を増やすことはできず限界があった。

タムラ製作所、基板接続用はんだ――低圧処理、部品傷めず

 電子材料などを手掛けるタムラ製作所は昨年からスマートフォン(スマホ)に使うプリント基板同士を接続するはんだを販売している。「導電フィルム」と呼ぶ薄い膜を基板に挟み込んで接続する従来手法に比べて10分の1以下の圧力で済む。基板上に載せる電子部品を傷めるリスクを抑えられる。
 「スマホは年々高機能になり、基板に載せる部品の間隔がどんどん狭くなっている。少ない圧力で済む新製品は確実に需要が見込める」。タムラ製作所の電子化学事業本部の開発本部でマネージャーを務める土屋雅裕氏は新しいはんだの利用拡大に自信を示す。
 開発したはんだは、硬いリジッド基板と薄く曲げられるフレキシブル基板の2つのプリント基板を接続して電気を通すのに使う。リジッド基板は主要な電子部品を載せるメーンボードの役割を果たし、フレキシブル基板はカメラの複合部品(モジュール)などを載せる。
 リジッド基板にはんだを塗り、フレキシブル基板を上から重ねる。加熱圧着装置でセ氏190度以上で熱しながら10~15秒程度の時間で圧力を加えると、はんだが溶けて基板が接合する。
 はんだには10~34マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルの金属の粉末に潤滑剤となる樹脂粉末を混ぜている。金属粉末はスズやレアメタル(希少金属)の一種であるビスマスを混ぜ合わせている。
 タムラ製のはんだには金属粉末が溶けると基板の導線の部分に集まる性質を持たせており、樹脂粉末は導線の間の絶縁部分に集まる。はんだが冷えて固まると、導線の部分は金属粉末を通じて電気が流れ、導線の間は絶縁される。
 タムラ製は金属粉末と樹脂材料の両方を自社で手掛けている。粉末の粒子の大きさや金属と樹脂の配合の見直しで、複雑な接続構造を実現した。
 基板の接続には導電フィルムを挟み込む場合が多い。フィルムはニッケルなどの樹脂粉末に金属をめっきしたものをちりばめており、基板の間に挟んで圧力をかけると、導線の部分で金属粉末を押しつぶすようにして固定する。
 タムラ製によると同一条件で比べた場合、導電フィルムを使った接合には10メガ(メガは100万)パスカルの圧力が必要なのに対し、はんだは1メガパスカル以下の圧力でつなげられるという。少ない圧力で済むため、基板に載せている電子部品を傷めたり、取れたりする可能性を減らせる。
 接続作業にかかる時間も減らせる。導電フィルムでは基板同士の位置などを決めるため、圧力をかける前に低い温度や圧力で一度フィルムを取り付けて位置などを確認する「仮止め」工程がある。はんだでは接続したい範囲に塗るだけで済むので仮止めの一連の工程を減らせる。
 タムラ製ははんだなどの電子化学材料部門を今後の成長事業と位置付けている。2012年3月期に164億円だった電子化学材料全体の売上高は13年3月期には193億円になる見込みだ。
 基板接続に使うはんだはスマホのほかにデジタルカメラなど小型の電子機器での利用を見込み、圧力をかける時間がより少なくて済む製品や低い温度で溶ける製品などの開発も進めていくという。
製品の概要
▼製品名 SAM30―401―11
▼用 途 スマホなどのメーン基板と柔軟なフレキシブル基板の接続
▼特 徴 従来の導電フィルムの10分の1以下の圧力で接続できる
▼時 期 2012年から量産

三井情報事業戦略推進部パーソナルゲノム事業準備室長菊池紀広氏

 がん治療に特化したゲノム(全遺伝情報)解析の商用サービスを2014年にも始める三井情報。ゲノム解析情報を基に個人に最適な薬や治療方法をそろえる「オーダーメード医療」を将来的には5万円という低価格で提供することを目指し、20年に100億円規模のビジネスに育てる。
 この新事業の旗振り役が事業戦略推進部パーソナルゲノム事業準備室長の菊池紀広(39)だ。菊池は遺伝子配列をはじめとする生物に関する膨大な情報をコンピューターで扱う「バイオインフォマティクス」分野の専門家。企業システム開発事業がメーンの同社で異彩を放つ存在だ。
 菊池の得意分野はゲノムやたんぱく質といった大量のデータをどういった順序で解析すれば目的の成果が得られるかを考え、ソフトにその手順を反映し、シミュレーションの結果をわかりやすくまとめること。今をときめくビッグデータ分析の生物版といえる。
 菊池は「生物はどうやって生まれてきたのか」という根源的な疑問に突き動かされて、大学と大学院で応用生物科学を専攻。分子進化というゲノムやたんぱく質を使って生物の進化を解き明かす研究に没頭した。コンピューターを使ったシミュレーションの技術はここで身につけた。
 そんな菊池が就職先として選んだのが三井情報だ。当時は日米欧でヒトのゲノムの全塩基配列を解析する「ヒトゲノム計画」が盛り上がり、菊池は「大量データを解析できる人材が必要になる」と考えたからだ。三井情報は1975年からバイオ事業を手掛けていた。
 入社早々に専門家としての腕を買われ、2001年から06年まで、バイオ関連の2つの国家プロジェクトに参加。この一環で06年には医学の博士号も取得している。「世界的に有名な権威あるリーダーたちが次々と新しい領域の解明に挑戦する仕事ぶりを見て、何でもこだわり無くチャレンジすることを学んだ」
 08年にバイオ関連を取り仕切るようになったが、「解析ソフトの販売や関連システムの受託開発だけでは先がない」と判断。10年に自身のスキルを最大限に生かせるパーソナルゲノム事業を企画し、12年にビジネスとして始動するまでこぎ着けた。
 そんな菊池に対する周囲の見方は「物静かだが熱い」。得意の解析技術を封印して、目下は9月に控えた事業計画の完成に向け、毎月1週間は海外を飛び回る。
 米国の遺伝子解析装置(シーケンサー)メーカーやゲノム解析サービスを手掛けるベンチャー企業、ドイツの大手IT(情報技術)企業や病院、海外の様々なゲノム関連カンファレンス――。ゲノム解析サービスのパートナー企業を固めるためだ。
 入社した1999年の海外出張で「一言も話せなかった」という英語を克服。出張先では面談した相手に他社のキーマンを紹介してもらったり、カンファレンスで隣り合った参加者のつてでベンチャー企業を訪問したり、精力的にコネクションを作る。国内でも医者や大学教授、医薬関連企業とのアポイントがぎっしりだ。
 ゲノム解析サービスにおいて、三井情報はビッグデータ技術を使って大量のゲノムデータから患者にとって最も効果的ながん治療薬を見つけ出す高速処理部分を担当する。菊池の得意分野だ。とはいえ患者から遺伝子をもらって解析し、実際に治療するという前後の工程はパートナーに任せるしかない。
 「直接の治療はできないが、人の健康に貢献できる仕事だ。やりがいは大きい」。将来的にはシンガポールなど海外への事業展開も視野に入れ、綿密に事業計画を練る。「長丁場になる」とする菊池の手腕に期待を寄せる関係者や患者は少なくない。

子ども向け携帯―ドコモ、一足先にスマホ

 携帯電話大手3社が利用制限をかけることで子どもでも安心して使える携帯電話をそろって販売している。これまで従来型の携帯電話で販売してきたが、NTTドコモが2月上旬、初めてスマートフォン(スマホ)を発売する。スマホの顧客を早期に囲い込みたいとの思惑が働いている。
 「『中学生にキッズケータイは幼すぎる』との意見が多かった」。NTTドコモマーケティング部の斉藤武マーケティング統括担当部長は、子ども向けのスマホを発売した理由をこう説明する。
 ドコモの子ども向けスマホ「スマートフォンforジュニア SH―05E」は基本機能を除くとドコモが事前に審査した10種類程度しかアプリ(応用ソフト)が使えない。インターネットの閲覧やメール、カメラなどは通常のスマホと同じように利用できる。
 4・1型の液晶パネルを使うなど外見は通常のスマホと同じ。危険を察知したときに側面のボタンを押してブザーを鳴らす程度で、ハードウエアとしてのデザインや機能は子ども向けと銘打つほどの特徴はない。
 ドコモが子ども向けの従来型携帯「キッズケータイ」を発売したのは2006年3月。同年2月に初めて子ども向けを発売したKDDI(au)とほぼ同時期だった。主要な機能は音声通話に限定しており、インターネットやメールは使えない。デザインも小ぶりでかわいらしさが前面に出ており、主に小学校低学年を対象にしている。スマホは小学校高学年や中学生の利用を狙った。
 ドコモの調査では、小学生でスマホを利用したいと答えた人の割合は11年12月末時点の71%から昨年7月に83%に増加。実際にスマホを利用している小学生の割合も7%から15%に拡大している。
 ドコモは「キッズケータイからジュニアスマホ、そして通常のスマホに買い替えてもらえる長期的な仕組みが整った」(斉藤氏)と主張。子どもが新しい電子機器に興味を示すのは当然なうえ、小中学生もネットに慣れ親しんでいる。小中学生のころからスマホ需要を取り込んで数年後のスマホの購入やサービスの長期利用につなげることをもくろむ。
 他の2社は子ども向けのスマホを販売する予定は当面ないという。KDDIは11日、ひもを引っ張ると防犯ブザーが鳴るなどの機能を持つ「マモリーノ」の第3弾を発売した。音声通話以外にもメールが使え、「中学生の利用に十分応えられる」(同社)と話す。
 KDDIとソフトバンクモバイルは子どものスマホ利用にはアプリの利用制限で対応している。ソフトバンクは保護者が設定することでアプリをダウンロードできなくするほか、ダウンロード済みのアプリも使えなくする「あんしん設定アプリ」を、基本ソフト(OS)に米グーグルの「アンドロイド」を使う端末向けに無料で提供している。
 「保護者がアプリの是非を個別に判断できる」(ソフトバンク)。KDDIもダウンロード済みのアプリを選んで利用制限するアンドロイド向けアプリ「安心アクセスforアンドロイド」を用意している。
 ドコモは従来型携帯で中高年向けの「らくらくホン」がヒット。スマホでもボタンを大きくするなどした中高年向け機種を発売して人気を得るなど、年齢層別の機種の開発で実績がある。だがスマホは従来型携帯や中高年向けほど子ども向けの特徴は出しにくい。ドコモの子ども向けスマホの年間販売目標は30万台。国内ではスマホは50万~60万台売れればヒットと言われる。少子化の中で目標を達成できるか注目だ。

スマホ用高強度ガラス、独ショット、日本メーカーも採用。

 独ガラス大手のショットはスマートフォン(スマホ)のタッチパネルを保護するガラスを開発した。既存のスマホ用保護ガラスと比べて強度が2割高いのが特長。海外に加え日本の複数のスマホメーカーも採用を決めている。同社はスマホの世界的な普及で保護ガラスの需要は増すとみており、2014年に世界全体で約1億ドル(約88億円)の売上高を目指す。
 ショットは耐衝撃性やひっかき傷などに強いアルミノケイ酸塩ガラスを独自の配合で製造。他社のアルミノケイ酸塩ガラスと比べて外部からの力を吸収する圧縮応力を2割高めたほか、材料の硬さを示す「ビッカース硬度」も上回っているという。光の透過率は他社製品と変わらない。
 スマホはタッチパネルが大きいため、液晶などを守る保護ガラスの重要性が高まっている。現在は工業用ガラス大手の米コーニングの「ゴリラガラス」が市場の大半を占めており、米アップルのスマホ「iPhone(アイフォーン)5」も採用しているとされる。
 ショットの11年9月期連結売上高は29億ユーロ(3410億円)。1966年に日本に販売子会社を設立し、08年10月には日本の画像処理機器メーカーのモリテックスを子会社化している。

山形大、有機エレ研究センター―半導体革命へ頭脳結集


 電機業界で脚光を浴びている有機化合物でできたELやトランジスタ、太陽電池などの有機半導体。代表的なシリコン半導体に比べ軽量で薄く曲げることができる。この分野の世界的研究拠点が、山形大学有機エレクトロニクス研究センター(山形県米沢市)だ。
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 山形大は2011年4月、国や県の補助を受けて約13億円をかけ、工学部の敷地内に5階建てのビルを建設した。フロアごとにEL、トランジスタ、太陽電池部門に分けたほか、共有フロアにはクリーンルームと試作装置を備え、各部門の研究者が自由に使えるようにした。
 「この建物があるのとないのとでは全然違う。同じ建物内に私のような材料系もいれば電気や電子、機械系の研究者もいる。日々顔を合わせて交流することで、新しい発想が生まれたり一緒にプロジェクトを立ち上げたりできる」。世界で初めて白色有機EL素子を開発した副センター長の城戸淳二(53)は胸を張る。
 個々の有機エレ分野を対象にした研究所はあるが、総合的に研究する施設は国内になく、世界的にも珍しいという。山形大で個人的にELを研究してきた城戸の目には「個人商店から総合商社に生まれ変わった」と映る。
 注目すべきなのは施設や設備面だけでない。人材も豊富だ。研究者のドリームチームを結成し研究を加速させる科学技術振興機構(JST)の「地域卓越研究者戦略的結集プログラム」に採択され、3つの研究部門ごとに「世界最先端の頭脳」をスカウトしてきた。
 代表格がトランジスタの部門長に就いた時任静士(54)。20年以上、紙のように薄く曲げられるフレキシブルディスプレーを研究してきたベテランで、NHK放送技術研究所から迎え入れた。
 太陽電池部門は世界的権威であるオーストリア・リンツ大学教授のN・S・サリチフチを招へい。客員研究者として米国の著名な学者2人とも契約し連携を図っている。
 目下の3部門共通の研究テーマは、印刷技術を使いプラスチック基板上で製造する手法の開発。実現すれば、薄くて折り曲げることができるシート状のパソコンや照明、太陽電池などを安価に作れる。すでに一部の電力変換装置回路や有機EL素子の試作に成功している。
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 産学連携の拠点としても注目される。今後成長が見込める分野だけに企業側の視線は熱い。エレクトロニクス関連企業の研究者が常時30人以上、センターに出入りしており、有機EL照明は一部で量産化されている。
 優秀な学生も集まりつつある。これまでは県内か東北地方、遠くても関東地方の志望者にとどまっていたが、最近は有機エレを学ぶために西日本から入学する学生もいるという。「明確な目的を持つ学生は吸収力が高く取り組みも真剣。教え甲斐もある」と城戸。
 今年4月には米沢市内に第2キャンパスとなる有機エレクトロニクスイノベーションセンターもできる。研究センターの基礎研究を実用化につなげる拠点だ。既にシャープや三洋電機などを退職した研究者を十数人採用し、実用研究の体制も整いつつある。「米沢を日本のシリコンバレーに」。城戸がめざす壮大な構想の実現に向け、歯車が動きだした。