髪の毛が抜ける脱毛症状を抱える成人男性は全国で1200万人超ともいわれる。身近な症状だが、なかなか治療法もないのが現状だ。ただ最近では先端の医療技術を駆使、生活を変えていけば髪の毛を再生できることが分かってきた。実現すればビジネスパーソンのメンタル面の健全性が向上するなど「再生」できる経済面の効果も大きい。
理化学研究所多細胞システム形成研究センターのある研究室。その研究室の飼育箱のなかで動き回る1匹の毛のないマウスに異変が起きた。毛が生えてきたのだ。 このマウスを育てたのは同研究所の辻孝チームリーダー。同リーダーはマウスの背中にちょっとした仕掛けを施したマウスで、毛のタネを植え付けている。同じやり方で「あと4~5年あれば人の髪の毛も再生できるようになるかもしれない」(辻リーダー)。 ではこの発毛のタネの正体とは――。 髪の毛を作る力は毛包組織にある。辻リーダーのタネはこの毛包組織のもととなる「毛包原基」と呼ばれるものだ。胎児の体でこの毛包原基が作られていく過程を調べ、再生のメカニズムを解明した。 毛包原基は上皮性幹細胞と間葉性の幹細胞と呼ばれる2種類の組織からなる。この組織をマウスから抽出しくっつけコラーゲンゲルで培養する。毛包原基に仕上がった後はこれを皮膚表面に移植、マウスなら1週間程度で毛が生えてくる。 ただ、簡単ではない。上皮性幹細胞と間葉性の幹細胞をくっつける際、極めて熟練された技術が必要になる。隙間ができないよう高密度に接着しなければならないが、かといって混じり合ってもいけない。ここをうまくコントロールできれば脱毛症の治療が身近なものになるかもしれない。 拒絶反応なく JR横浜駅から地下鉄を乗り継ぎ20分余り。横浜市郊外の住宅街の一角に、資生堂リサーチセンターは位置する。約500人の研究者らが勤務する資生堂グループ最大の研究開発拠点だ。 ここで今、急ピッチで進むのが毛髪研究だ。資生堂はこの分野で1世紀の歴史を持つ。1915年に頭髪向け香水「フローリン」を発売、以来、ヘアケア製品「アデノバイタル」など商品の幅を広げてきた。 ライフサイエンス研究センターで再生医療開発室長を務める岸本治郎氏が取り組むテーマは、再生医療の技術を使った毛髪の復活だ。脱毛症は最も多い男性型脱毛症や円形脱毛症などいくつかの種類があるが「完全には解明されていない」(岸本氏)。 そこで資生堂はカナダのベンチャー企業、レプリセルライフサイエンス社と提携。毛根に含まれる髪の毛を伸ばす細胞を増殖し、再び頭皮に戻す取り組みを進めている。 髪の毛を復活するうえでポイントになるのは、「毛球部毛根鞘(しょう)細胞」と呼ばれる毛根の先端部分だ。この「毛球部毛根鞘細胞」こそが、髪の毛を伸ばすための司令塔としての役割を担っていることを、約10年前にレプリセル社が突き止めたのだという。 具体的には元気な髪の毛の周囲5ミリの頭皮をカットし、「毛球部毛根鞘細胞」を分離して培養する。増殖した細胞は注射器に入れて脱毛した頭皮に再び注入する。岸本氏は「髪の毛を伸ばす力を失わずに細胞を増殖するにはノウハウが必要」と語る。 毛髪再生に使う細胞は、自分の頭皮から採取し増殖させる。注射器で頭皮に注入しても、拒否反応を起こす心配がない。欧州ではレプリセル社が既に初期段階の治験を実施し、安全性を確認している。同時に治験を実施した16人のうち10人が、髪の毛の本数が5%以上増えたという。 資生堂は昨年5月、細胞を培養するために使う細胞加工培養センターを神戸市内に開設。厚生労働省の認可を待って、本格稼働する予定だ。医療機関と連携し国内治験に向けた準備も進める。 コストがネック 杏林大学皮膚科学教室の大山学教授は、iPS細胞を用いた毛髪の作成を目指す。大山教授は毛包の組織に育つ前の前駆細胞をつくることに成功している。 ヒトのiPS細胞からまず前駆細胞をつくり、毛の育成を促すマウスの細胞と混ぜる。これをマウスに移植して育てて毛包にし、この毛包から細いながら毛が生えることが確認された。 毛髪を形作る毛包の元の組織や、毛の育成を促す毛乳頭細胞は単純に培養してしまうと組織を作る力を失う。だが、iPS細胞を用いて作成した毛包の元の組織から少なくとも毛包を形づくることができた。 問題は毛包をつくる際、今の研究レベルでは生体内と同じ環境にする必要があることだ。「マウスを使うしかないが、生きたマウスの体内で作った毛を移植したいという人は決して多くないはず」(大山教授)という。 ただ実用化までは少なくとも10年かかる。そもそも「iPS細胞を用いて作成する毛髪はコストが高く、一般的に利用できるものではない」(大山教授)。このため大山教授はiPS細胞を用いた毛髪を直接移植するのではなく、育毛剤などの創薬研究の材料にできないか、研究を進めている。 脱毛症とは 抜け毛と生成 不均衡が原因 毛が抜けて毛の本数が少なくなる状態をいう。毛の本数が同じでも、太く長い毛が細く短い毛に置き換わることで、髪の毛全体が少なく見えるようになる状態も脱毛症に入る。 人には約10万本の髪の毛がある。毛には成長期や退行期、休止期があり、数年間伸びた後は抜け落ち新しく生まれかわる。通常は1日に百本程度の髪の毛が抜け、新しい毛もほぼ同数生まれる。 最も多いのは「男性型脱毛症」だ。病気ではないが男性ホルモンの影響により頭頂部から前頭部の髪の毛が薄くなるのが特徴だ。日本人の成人男性の約3人に1人に現れる自然現象で、早ければ20歳代後半から症状が現れ年齢とともに進行する。前頭部から頭頂部にかけて全般的に髪の毛が薄くなる。 このほかコインのように円形の脱毛が頭部に生じる円形脱毛症が知られており、病気として治療できる。複数発生することもある。またケガの傷痕から毛が生えなくなる症状や抗がん剤などの副作用で、毛が生えなくなる症状もある。 |
2015年4月21日火曜日
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