がん治療に特化したゲノム(全遺伝情報)解析の商用サービスを2014年にも始める三井情報。ゲノム解析情報を基に個人に最適な薬や治療方法をそろえる「オーダーメード医療」を将来的には5万円という低価格で提供することを目指し、20年に100億円規模のビジネスに育てる。
この新事業の旗振り役が事業戦略推進部パーソナルゲノム事業準備室長の菊池紀広(39)だ。菊池は遺伝子配列をはじめとする生物に関する膨大な情報をコンピューターで扱う「バイオインフォマティクス」分野の専門家。企業システム開発事業がメーンの同社で異彩を放つ存在だ。
菊池の得意分野はゲノムやたんぱく質といった大量のデータをどういった順序で解析すれば目的の成果が得られるかを考え、ソフトにその手順を反映し、シミュレーションの結果をわかりやすくまとめること。今をときめくビッグデータ分析の生物版といえる。
菊池は「生物はどうやって生まれてきたのか」という根源的な疑問に突き動かされて、大学と大学院で応用生物科学を専攻。分子進化というゲノムやたんぱく質を使って生物の進化を解き明かす研究に没頭した。コンピューターを使ったシミュレーションの技術はここで身につけた。
そんな菊池が就職先として選んだのが三井情報だ。当時は日米欧でヒトのゲノムの全塩基配列を解析する「ヒトゲノム計画」が盛り上がり、菊池は「大量データを解析できる人材が必要になる」と考えたからだ。三井情報は1975年からバイオ事業を手掛けていた。
入社早々に専門家としての腕を買われ、2001年から06年まで、バイオ関連の2つの国家プロジェクトに参加。この一環で06年には医学の博士号も取得している。「世界的に有名な権威あるリーダーたちが次々と新しい領域の解明に挑戦する仕事ぶりを見て、何でもこだわり無くチャレンジすることを学んだ」
08年にバイオ関連を取り仕切るようになったが、「解析ソフトの販売や関連システムの受託開発だけでは先がない」と判断。10年に自身のスキルを最大限に生かせるパーソナルゲノム事業を企画し、12年にビジネスとして始動するまでこぎ着けた。
そんな菊池に対する周囲の見方は「物静かだが熱い」。得意の解析技術を封印して、目下は9月に控えた事業計画の完成に向け、毎月1週間は海外を飛び回る。
米国の遺伝子解析装置(シーケンサー)メーカーやゲノム解析サービスを手掛けるベンチャー企業、ドイツの大手IT(情報技術)企業や病院、海外の様々なゲノム関連カンファレンス――。ゲノム解析サービスのパートナー企業を固めるためだ。
入社した1999年の海外出張で「一言も話せなかった」という英語を克服。出張先では面談した相手に他社のキーマンを紹介してもらったり、カンファレンスで隣り合った参加者のつてでベンチャー企業を訪問したり、精力的にコネクションを作る。国内でも医者や大学教授、医薬関連企業とのアポイントがぎっしりだ。
ゲノム解析サービスにおいて、三井情報はビッグデータ技術を使って大量のゲノムデータから患者にとって最も効果的ながん治療薬を見つけ出す高速処理部分を担当する。菊池の得意分野だ。とはいえ患者から遺伝子をもらって解析し、実際に治療するという前後の工程はパートナーに任せるしかない。
「直接の治療はできないが、人の健康に貢献できる仕事だ。やりがいは大きい」。将来的にはシンガポールなど海外への事業展開も視野に入れ、綿密に事業計画を練る。「長丁場になる」とする菊池の手腕に期待を寄せる関係者や患者は少なくない。
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