2013年1月29日火曜日

ビデオ活用、仕事と両立――芝浦工業大学大学院田中秀穂氏

田中秀穂 芝浦工業大学大学院 工学マネジメント研究科長
大学院新講義、4月から 「学び直し」容易に
 芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科は4月から、対面授業とビデオ授業を組み合わせたハイブリッド型講義を始める。社会人を大学に呼び込もうと2003年度に発足した専門職大学院制度だが、仕事との両立が難しく学生募集で苦戦する大学院が多い。田中秀穂研究科長に狙いを寄稿してもらった。
 芝浦工業大学の工学マネジメント研究科は、2003年度に日本で最初に開設された技術経営学(MOT、マネジメント・オブ・テクノロジー)の専門職大学院である。MOTとは日本が得意とする科学技術力を生かした製品やビジネスを生み出すのに必要なマネジメントを学ぶ学問領域で、技術系のための経営学修士(MBA)とも称される。
 11年目が始まる今年4月から、私たちは社会人学生がもっと学びやすい環境を整えるために、ハイブリッド型講義という取り組みを始める。インターネットを利用し、いつでも都合のいいときに視聴できるオンデマンド型のビデオ授業と、従来型の教室で行う面接型授業を組み合わせた新たな講義システムだ。
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 人生80年の時代になり就労期間が大幅に延びる一方で、知識のライフサイクルは急速に短くなり陳腐化が早まっている。こうした時代には、多くの人がキャリアを2段階で考えざるを得なくなる。もはや、20歳代前半までに受けた高等教育で得た力のみで、40年以上の長期間にわたり社会で活躍し続けることは困難である。キャリア人生の前半で培ったコンピタンス(専門的な能力)を生かしつつ、新たな活力を得て、後半の活動を推進することが重要なのだ。
 キャリア人生の後半に学ぶ必要が生じる学問領域で、最も大きな需要があるのはビジネスやマネジメント領域であろう。例えば、大学で工学を学び技術の現場で就業してきた人が、技術の事業化のリーダーを任されたとする。その場合、学生時代には体系的に学ぶ機会がなかったマネジメント全般を本格的に学ぶ必要が出てくる。そのような需要に応える使命を担うのが、社会人学生を主な対象にしたMOTの専門職大学院である。
 では、専門職大学院による学びの機会の提供は十分であろうか。
 現在、日本にはビジネス・MOT系の専門職大学院が33校あり、うち15が東京都内にある。東北地方には皆無で、北海道、四国、中国地方にはそれぞれ1校しかなく、地域の偏りが著しい。関東地方でもビジネス・MOT系専門職大学院は東京23区内に集中しており、東京都下や神奈川、埼玉などの事業所で就業する社会人には、平日に容易に通学できる大学院がほとんどない。
 しかも専門職大学院の多くでは、平日の授業開始時間は18時30分前後なので、たとえ都心に勤務する社会人でも仕事を時間までに終え通学するのは簡単ではない。
 週末であれば、通学が可能な地域は広がるが、週末の通学だけで専門職修士号を得るだけの十分な学びを達成するには、並はずれた努力が必要となる。
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 この状況を改善し、社会人に十分な学びの機会を提供することには大きな意義があるはずだが、残念なことに、さほど工夫があったとは言い難い。そこで、私たちが考えたのがハイブリッド型講義なのである。
 ハイブリッド型講義とは平日夜に開講した講義を録画し、インターネットを使ってオンデマンド配信するメディア授業(通学して受講もできる)と、土曜日は大学に通って受講する従来型の面接授業の組み合わせで一つの講義を構成する講義システムでメディア授業と面接授業の“いいとこ取り”を狙ったといえる。
 これにより、平日は業務が忙しく通学できない場合でも受講ができ、土曜日は必ず通学して面接授業を受けるために、教員と学生が直接、熱のこもった議論を展開できる。学生によるプレゼンテーションや、ビデオ教材、高度なソフトウエアを用いた講義など、多彩で有効な授業形態も可能となる。
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 時間割上のハイブリッド型講義の配置イメージを図に示す。例えば火曜日の7時限目に知的財産の講義の1コマ目が開講される。通学した学生は教室で授業を受けるが、講義の様子はビデオ録画されオンデマンドで配信するので、通学できなかった学生は、翌日から金曜日の都合のいい時間にビデオで宿題をこなす。同じ週の土曜日の3時限目には当該講義の2コマ目が開講されるので、全員が通学して受講するという構成である。
 全科目をハイブリッド型講義で開講するわけではないが、核となる科目の多くはハイブリッド型講義とし、ハイブリッド型講義だけでも修了必要単位数を取得できるようにする予定である。
 私たちは、このシステムにより、これまで大学院入学をあきらめていた多くの社会人学生に学びの機会を提供することができると考えている。特に関東の場合、MOTが主たる対象としている技術系社会人は、多摩地区や千葉や埼玉、神奈川などに立地する工場や研究所に勤務している。新たな講義システムが有効な潜在入学者は相当数に上ると推定している。
 社会人の学び直しでは、学習する側の社会人自身の努力が必要なのは当然だ。キャリア形成を所属企業任せにするのではなく、一人ひとりが大学院などで学び直すことの価値を真剣に検討する意識も欠かせない。だが、大学側も、旧態依然の授業システムに甘んじることなく、教育現場にイノベーションを起こし、学びの利便性を高めるための努力をすることが必要であろう。ハイブリッド型講義がその先駆け例となるように頑張りたい。
ポイント
社会人通える
環境づくりを
 研究者ではなく、高度で専門的な職業能力を持つ人材の育成をめざす専門職大学院制度は2003年度に発足した。法曹(法科大学院)、会計、ビジネス・MOT(技術経営)、公共政策、公衆衛生、教職など幅広い分野に185校(2012年度)の大学院が開校しているが、学生数は09年度の2万3381人をピークに減少傾向にある。当初の期待以上に新司法試験合格者が増えない法科大学院が不振であることの影響が大きいが、社会人が通いにくいことも無縁ではない。
 日本の大学の学生は18~22歳が中心で、他の先進国に比べ社会人学生の比率が極端に低い。18~22歳以外の学生の確保は“悲願”でもあるが、それには社会人が通いやすい環境づくりが欠かせない。芝浦工大の取り組みの成否が注目される。

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