2013年1月29日火曜日

大同特殊鋼、プリウスの「魔法の粉」増産――スマホに供給へ


新ライン建設、成長分野に、磁力付き合金 HV基幹素材
 国内新車販売でトップを走るトヨタ自動車のハイブリッド車(HV)「プリウス」。この人気車種で使われている大同特殊鋼製の特殊な鉄粉にひそかな注目が集まっている。燃費を良くし製造コストも削減できるためHVには欠かせない素材となっており、新たにスマートフォン(スマホ)への供給も狙う。大同特殊鋼は4月にも増産を始める。韓国など海外勢からも引っ張りだこの“魔法の粉”とは一体何なのか。
 大同の名古屋市内の「築地テクノセンター」。ここにあるビル内の応接室の入り口にはハングル語の案内板がかかっている。国内の自動車メーカーの関係者ばかりではなく、韓国からのビジネスマンも増えているからだ。お目当ては同拠点内で生産している金属製の粉末だ。
 この鉄粉の名称は「金属製磁性粉末」。大同が開発した。鉄にシリコンを3%程度混ぜた磁力付き合金で、直径0・1ミリメートルほどの粉状に加工されている。
 トヨタのプリウスにはバッテリー電圧を上げる電磁石に似た装置(リアクトル)が搭載されているが、昇圧性能を左右する鉄心はこの鉄粉によってつくられている。現行の3代目プリウスは最大電圧が先代の500ボルトから650ボルトへと引き上がった。これは新たなリアクトルがあることで昇圧機能が高まったため。結果としてモーターの小型、高出力化が可能になった。さらにモーターの駆動電流も低減できるため、インバーターの発熱量を抑え部品の小型化が進んだという。
 もともとトヨタは大手鉄鋼メーカーの電磁鋼板を加工することで、リアクトルの鉄心をつくってきた。ただ、その場合は板を切り抜く際に無駄が出るほか組み立てが煩雑。鉄粉ならば金型に入れてプレス成形するだけでよく「3分の2のコストですむ」(大同特殊鋼の大河内敬雄・粉末工場長)という。
 トヨタは、2001年、大同の特許資料からこの技術を“発見”。HV専用鉄粉の開発を持ちかけた。
 とはいえ、もとはパソコン回路向けを想定した技術だ。磁力のバランス、耐久性、耐熱性などHVが求める条件をクリアするには壁があった。プレス成形しても壊れにくい粉の形状にし、熱を帯びないようにひとつひとつの鉄粉を特殊材で覆う。01年に始まった共同開発は途中の中止期も含め、実用化のメドがたったのは08年だった。
 大同の鉄粉を使ったリアクトルは安いだけでなく、磁力特性も板材製より向上している。結果としてリアクトル自身を小さくできるようになったほか、使用電流も少なくすむためモーターなど周辺部品の電線コストも抑えられる。トヨタにとっては原価ダウンと燃費改善という、HVシステムの根底を支える基幹素材だ。09年発売の現行プリウスから全面採用された鉄粉は11年末発売の小型HV「アクア」でも使われている。
 大同の次の課題はさらなるコスト改善とライバルとの競争だ。トヨタは14年度にも次期モデルのプリウスを発売する予定。システム価格をさらに引き下げる方向で部品の最終選定を進めている。JFEスチールなど他の製鉄会社も挽回を目指し新技術の開発を急いでいるもよう。大同特殊鋼は「質の良さをアピールしたい」(大河内工場長)と勝負に挑む構えだ。
 12年はトヨタの国内販売車のうち約4割がプリウスなどのHVだったという。量産効果がコストダウンの最大要因とされるHVシステムだが、今までにない素材や部品の採用もそこに一役買っている。
 最近は他の国内の自動車メーカーのほか、韓国や欧米メーカーからも問い合わせがあるほか、スマホやタブレット端末への供給も始めようとしている。
 大同の粉末はスマホにも重要な素材になり得る。スマホなどの電子機器の電子回路では電圧変換などに使う「インダクタ」と呼ばれる部品を搭載している。大同の粉末を採用したインダクタは酸化鉄が主成分の従来の素材に比べて電流を流しやすい。電圧変換部品であるインダクタのサイズを小さくしてスマホ自体も小型にできる利点がある。
 粉末事業にアクセルを踏む大同。「築地テクノセンター」内の工場に金属粉末の生産ラインを建設中だ。HVやスマホ向けのラインとし、4月には増産を始める。名古屋市内の拠点に約10億円を投資。生産能力を年1万5000トンと従来比で5割程度増やす。
 大同は「まだ社内では小さなビジネスにすぎないが、成長分野だ」(同社幹部)という。粉末事業は連結売上高4500億円(13年3月期見込み)の1%強にとどまる。自動車向け中国事業などが伸び悩む中、特殊鋼低迷の中で成長する数少ない事業だ。
 大同は粉末事業を15年3月期の事業売上高で90億円と現状比5割増やす計画だ。クルマからスマホへ。夢の素材は大きく花開くのか。プリウスに端を発した粉末の波及効果は計り知れない。

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