2011年7月12日火曜日

遺伝子特許、有効性争点に、米の「知財高裁」で近く判決――範囲狭まる動き

「自然の産物」司法省が意見
 遺伝子に特許を与えるのは妥当か――。バイオテクノロジー大国の米国で、こんな裁判が大詰めを迎えている。ここ数年、バイオ分野で「プロパテント(特許重視)」を修正する判決が続いており、関係者の注目は高い。特許に縛られない自由な研究が進むとの期待もあり、裁判の行方は日本や欧州の知的財産政策にも影響を及ぼしそうだ。
 この裁判は研究者や人権団体が有力ベンチャー企業のミリアド・ジェネティック・ラボラトリーズ(ユタ州)をニューヨーク連邦地裁に訴えたことで始まった。同社が保有する乳がんや子宮がんの発症を促す2つの遺伝子「BRCA1」と「同2」の特許としての有効性が争われている。
 原告の主張はこうだ。「遺伝子やDNA(デオキシリボ核酸)は自然の産物で、法律が定める特許の対象にはならない」。米国では、病気の治療などに役立つ機能が分かっていれば遺伝子やその断片にも特許を与えている。これは日本や欧州でもほぼ同様だ。
 同地裁は昨年3月、関連する特許すべてについて「特許として認められない」と判断。これまでの米特許商標庁の方針を根本から否定した。現在、日本の知財高裁に当たる連邦巡回控訴裁判所(CAFC)で審理中で、近く判決が出るとみられている。
 「遺伝子特許の保護を弱める判決が出るのではないか」(米国の特許事務所に勤める弁理士の吉田哲氏)。知財関係者の間では、こんな見方が浮上している。ひとつは、バイオ企業に有利な判決を出してきたプロパテント派の判事が審理から外されたこと。
 もうひとつは司法省が昨年10月、一審の判決をほぼ支持する意見書をCAFCに提出したことだ。「組み換えられていないDNAは自然の産物で特許の対象ではない」とし、それらの遺伝子を分離することも「発明には当たらない」と主張し、関係者に衝撃を与えた。バイオ企業は反発しているが、法律学者や研究者など司法省を支持する動きも広がっている。
 実は今回の裁判の前から、プロパテントの行き過ぎを修正する動きが強まっていた。
 例えば、特許商標庁は昨年4月、ウィスコンシン大学の技術移転機関が保有するヒト胚性幹細胞(ES細胞)の作製法など3つ特許のうち、1つを無効とした。過去に発表された技術から容易に思いつく発明で「進歩性がない」と判断したためだ。
 他の2つについても権利範囲が大幅に狭められた。知財に詳しい政策研究大学院大学の隅蔵康一准教授は「技術的な進歩まで否定され、特許権者にとって厳しい判決だ」と評する。
 バイオ分野でも、技術革新を起こすには複数の特許を組み合わせることが不可欠になっている。権利範囲の広い特許は技術革新の妨げになり、研究者の間では不満が根強い。プロパテントからの軌道修正は、こうした米政府の認識を表しているようだ。
 「今や、世界で最もバイオ特許が取りにくいのは米国」。札幌医科大学の石埜正穂准教授はこう指摘する。石埜准教授によると、再生医療分野の特許は認められにくい傾向にあるという。
 遺伝子特許を巡るCAFCの判決はバイオ関連特許全体に及ぶ可能性が高い。日本の企業や大学の特許戦略にも影響する。米国の知財政策が大きな節目を迎えている様子を予感させる。

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