新興国スマホ照準
長崎県諫早市。スマートフォン(スマホ)やタブレット(多機能携帯端末)に搭載されるCMOS(相補性金属酸化膜半導体)画像センサーの戦略拠点、長崎テクノロジーセンター(長崎TEC)が24時間のフル稼働を続ける。ソニーセミコンダクタ(熊本県菊陽町)の山口宜洋執行役員兼長崎TECプレジデントは「我々のものづくりは絶対にまねできない」と自信を見せる。
2つの顔を持つ
ソニーが2012年10月に携帯電話向けに世界で初めて量産に成功した「積層型」のCMOS画像センサーにその秘密がある。積層型とは光を受ける画像センサーと画像処理チップを重ね合わせる技法だ。
従来は画像センサーと同じチップ上に画像処理用の回路を形成していた。撮影性能を上げる場合には別の画像処理チップを搭載する必要があった。積層型はチップ面積を抑えつつ、高機能な画像処理チップも搭載できる。光をデジタルの画像に変換するアナログな半導体技術と、高速に情報を処理できるデジタルな半導体技術の2つの顔をもつのが積層型CMOS画像センサーだ。
CMOS画像センサーを手掛ける台湾のTSMC(台湾積体電路製造)や韓国のサムスン電子、東芝などの競合は画像処理チップを重ね合わせる積層型の量産には至っていない。他社がソニーのCMOS画像センサー技術に追いつくにはソニーの開発が2年半以上停滞する必要があるという。
山口氏は積層型の技法の難しさをこう例える。「画像センサーの基となる300ミリメートルウエハーを東京ドームとすると、まずドーム全体の芝を約2ミリの薄さに真っ平らに削る。ここで0・7ミリずれるとその時点で製品には使えない」という。「そのうえで、もうひとつのドームを重ね合わせるが、ここでも2ミリ以内に寸分たがわずに合わせる必要がある」
ソニーが唯一、世界で先駆けて積層型を量産できたのは、最先端の画像センサーと大規模集積回路(LSI)の技術を兼ね備えているためだ。光を高画質な画像に変換する画像センサーと処理速度を上げるLSIの生産プロセスは全く異なる。「この異なる技術を高い次元で擦り合わせられる総合力が強みだ」。久留巣敏郎前ソニーセミコンダクタ社長は強調する。
この擦り合わせを支えるのは数奇な運命をたどった長崎TECのファブ3と呼ばれる工場だ。
もともと、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のゲーム機「プレイステーション(PS)」に搭載するLSIを主に生産していた。後に東芝と米IBMと共同開発したMPU(超小型演算処理装置)「セル」の量産拠点に育つ。その後、08年3月に東芝に実質的に譲渡した。さらに画像センサーの需要増に伴い東芝から11年4月に買い戻した。
セルそのものは普及しなかったが、最先端のLSIの開発や生産に携わった技術者たちがソニーに残った。熊本テクノロジーセンター(熊本TEC、熊本県菊陽町)には元セル部隊を中心にした約170人の技術者たちが常駐する。設計・開発から生産までを一貫して手掛ける体制だ。ソニーの鈴木智行副社長は「ソニーの半導体技術の総力を画像センサーに結集させている」と話す。
ライバルも黙ってはいない。「ソニーと同じ半導体製造装置を入れてくれないか」。ある装置メーカーは中国の半導体メーカーからこう打診されたという。巨大な装置産業である半導体では、製造装置にノウハウが凝縮される。メモリーで日本が苦境に追い込まれた理由だ。
「外に出さない」
山口氏は涼しい顔だ。「ライバルが同じ装置を入れてもソニーの画像センサーを再現できない」からだ。ソニーは独自の技術で装置を使いこなす。複雑な工程の一つ一つに独自のノウハウが隠され、生産ラインの全容を把握できる人材は一握りと言われる。「生産技術は外には出さない」(久留巣氏)と強調する。
ソニーは開発・生産以外でもライバルの先手を打ち始めた。
「お世話になりました」。最近、ソニーの画像センサーの取引先にあいさつのメールがよく届く。異動者はエース級の営業員ばかり。行き先は中国だ。ソニーは画像センサーの営業の精鋭を中国に続々と投入している。「中国のスマホメーカーが持つ情報の量と質の高さは段違いだ」(ある取引先)と舌を巻く。
「新興国のスマホメーカーには部品を指名買いする動きが出ている。この動きに対応したい」。デバイスソリューション事業本部の野本哲夫モバイルイメージングシステム事業部長は次の競争をも見据える。生き馬の目を抜く競争が繰り広げられてきた半導体業界。今は独走状態にあるソニーの画像センサー部隊だが、慢心は許されない。
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