2015年4月17日金曜日

「iPS発明国」の面目、富士フイルムの米社買収――山中教授のライバル創業、医療応用巻き返しなるか

 富士フイルムホールディングスが3月30日に買収を発表した米セルラー・ダイナミクス・インターナショナル(CDI、ウィスコンシン州)は、iPS細胞製品のデファクト・スタンダード(事実上の標準)を握る可能性があると注目されている存在だ。山中伸弥京都大学教授のライバルが創業者に名を連ね、同社からiPS細胞製品を調達する国内企業も多い。「iPS細胞発明国」の日本だが、医療応用でCDIに後れを取り市場を握られる懸念もあった。買収はその流れを変え、巻き返しの機会となる可能性がある。
 CDIの創業者の一人、ウィスコンシン大学のジェームズ・トムソン教授は、2007年には京都大の山中教授と同じタイミングで、別の科学雑誌にヒトiPS細胞が作製できたと発表した。2人はiPS細胞研究を巡る競争の激しさを象徴するライバルとして、米メディアなどにも取り上げられた。12年に山中教授と英国のジョン・ガードン英ケンブリッジ大学名誉教授はiPS細胞の成果でノーベル生理学・医学賞を受賞したが、トムソン教授は逃した。「なぜ」と疑問を口にする研究者もいた。
がんになりにくい細胞
 しかしビジネスの世界では、トムソン教授のノウハウを引き継いだCDIが事業を大きく広げた。同社の14年通期の売上高(販売協力を含む)は前年比40%増の約1670万ドル(約20億円)。巨額の研究開発費などのために純損益は3000万ドル(約36億円)の赤字だが、iPS細胞から作った心筋細胞や神経の細胞など製品群は豊富で受注は順調という。注目されるのは積極的な特許戦略とデファクト・スタンダードの構築だ。
 CDIがもつ特許の範囲は体の様々な細胞からiPS細胞を作製する技術、iPS細胞から心筋を作る技術など幅広い。中でもウイルスではなくプラスミドと呼ばれる環状DNAを使ってiPS細胞を作る技術は、がんになりにくい安全なiPS細胞を得るのに不可欠とされる。
 日本でも再生医療用のiPS細胞は、プラスミドを使って作るのが当然になっている。患者のiPS細胞から作った細胞で薬の副作用や効き目を調べる用途でも、CDI製品は世界で使われている。このままでは「iPS細胞発明国」の日本が事業化で米国にのみ込まれる――。そんな危機感が強まるなかで、富士フイルムが買収を発表した。iPS細胞の医療応用でCDIに技術、国際標準、供給網などの面で日本勢が包囲網を敷かれるのを防げるかもしれない。
「ストック」どう位置付け
 もっとも、これですべて安泰というわけではない。富士フイルムはCDIの技術や、昨年、子会社化したジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J―TEC)の細胞シート作製のノウハウなどをフル活用すれば、再生医療用の細胞製品の一大供給インフラを手中にできる可能性がある。その時、山中教授が中心となって治療用のiPS細胞の備蓄を進めている「iPS細胞ストック」の位置づけはどうなるのか、心配する声もある。
 iPS細胞ストックは日本人の多くに共通する免疫タイプの細胞を集め、できるだけ多くの人に少ない拒絶反応で利用できるようにするのが狙いだ。国の巨額の支援を受けたiPS関連の最重要プロジェクトの一つでもある。目の難病治療にiPS細胞を使う臨床研究に取り組む理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーも、iPS細胞ストックの細胞の使用を計画している。しかし、今後の治療用製品としての本格的な普及ではCDI製品がリードする可能性もある。CDIは既に、米国人の計19%に移植用として使える免疫タイプのiPS細胞2株を樹立した。
 iPS細胞ストックと、事業化の実績があるCDIの細胞をどう使い分けるか。医療現場のニーズをくみつつ、iPS細胞技術を最大限に安全かつ有効に使うにはどうしたらよいのか、国と産業界、患者団体などが連携して考えていかなければならない。

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