2015年4月21日火曜日

昭和電工、アジアで高純度ガス――執行役員情報電子化学品事業部長森川宏平氏、半導体向け増産前倒し

 昭和電工が手掛ける半導体向け高純度ガスの需要が拡大している。半導体や液晶、発光ダイオード(LED)などの生産工程で使うガスで、いずれも高い伸びを示している。同社は需要が増えているアジア地域で生産能力を引き上げ、物流の拠点の整備に動く。森川宏平・執行役員情報電子化学品事業部長にアジア市場の戦略を聞いた。
 ――高純度ガスの需要が伸びている背景を教えてください。
 「高純度ガスは複数の種類があるが、いずれも半導体や液晶、LEDなどの生産に欠かせない。半導体シリコンウエハーの出荷量は2013年後半から伸び率が拡大し、14年には前の年に比べ1割強増えた。スマートフォン(スマホ)などハイテク製品だけでなく、自動車や白物家電などに用途が拡大したことが背景にある。昭和電工の高純度ガスの売上高も14年には2割以上増えている」
 ――需要の拡大を背景に生産能力も引き上げています。
 「成膜材料になる亜酸化窒素は韓国企業と生産委託の契約を結び、年間600トンの生産を開始。韓国や中国などに出荷する。臭化水素は日本での生産能力を5割引き上げたばかりだ。13年に能力増強した際は3~4年後に増産すればよいとみていたが、半導体の製造工程の変更で臭化水素の需要が急激に伸びており、増産を前倒しにした」
 ――高純度ガス事業の強みは何でしょうか。
 「高純度ガスは約20種類を手掛けており、半導体メーカーの生産工程が変わっても供給できる製品を持っている。今年から来年にかけても生産能力を引き上げる計画がある。ただ、高純度アンモニアや塩素などは日本で生産すると、コスト競争力の面で劣る。こうした製品は需要が伸び、生産コストの低い海外で増産する考えだ」
 ――海外の需要増加を受け、物流拠点も拡充しました。
 「14年にはシンガポールと台湾で物流設備を増強した。顧客企業の近くに在庫を持ち、物流を効率化することが狙いだ。ただ、工業用ガスは専用の容器で運んでおり、顧客に納めた後も空容器を回収する必要がある。生産能力を増強したのと同じだけ、容器を増やすのは効率が悪い。サプライチェーン管理(SCM)の強化が課題となる」
 ――具体策はありますか。
 「15年半ばをメドにSCMを担当する専門の組織を立ち上げる。容器の効率的な利用や営業・物流拠点の最適な配置を考える。18年までには容器の回転率を現在の2倍に引き上げ、生産の増加に伴うコストの上昇を抑制したいと考えている」
 ――売上高の目標はどの程度でしょうか。
 「15年は前年に比べ1割以上の増加を見込んでいる。年率15%程度増やしていき、18年には400億円を目指す。海外売上高比率は現在の6割から7割に引き上げたい。足元では中国の需要が鈍っている様子はなく、今後は液晶やLED関連が増えるとみている。もっとも、過去に供給過剰に苦しんだ経験がある。多様なガスを手掛けているうえ、自社の販売拠点を海外に持っているのは強み。過大な投資をせず、コスト引き下げの努力を続けたい」

華為技術(下)2つの哲学、頭脳呼び込む――実用技術「半歩先」で顧客密着、目先の利追わず、5G05年から

技術者7万6000人 世界から集結
 中国南部の中核都市、広東省深〓市。「ここで研究できることを中国人として本当に誇りに思う。他の企業ではできない事ができるからね」
 華為技術(ファーウェイ)本社。東京ディズニーランドの約4倍もの広さを誇るこの地に同社自慢の一大研究所がある。通称ホワイトハウス。その豪華施設で男性研究員の一人、甘宏(35)は誇らしげに語ってくれた。
超エリート集団
 米国のホワイトハウスに似せた白亜の建物だ。そこで働くことが許されるのは、17万人いる華為の社員の中でわずか5000人にすぎない。
 超エリート集団と言ってよい。公表してはいない。中国国内、名門25大学の大学院卒でしか、実はその門をたたくことは許されていない。
 湖北省出身の甘宏も、今をときめくスマートフォン大手の小米の創業者、雷軍と同じ名門大、武漢大学を卒業し、華為の仲間入りを果たした。
 入社後は破格の待遇が待っている。新卒の月給は約20万円。一般的な中国の大卒に比べ3倍以上だ。その後も昇給は続き、40歳の技術者なら、年収は1000万円以上になる。1億円プレーヤーも決して珍しくない。
 「朝から晩まで必死に考え、猛烈に働き、業界リーダーになろう」
 施設内には、最新鋭の試験設備がズラリと並ぶ一方、研究所の壁には似つかわしくない派手な赤の横断幕が数多く張られ、技術者を日々鼓舞する。寝袋まで常備する華為はかつて「モーレツ企業」とも評された。
 だが、猛烈に働くだけで、今の華為の成功があるはずはない。
 「なぜうちで5Gの開発が進んだか分かりますか? 華為って、すごい会社だから? 猛烈に働く会社だから? いや、それはどれも違うよ」
 こう語るジョー・ケリー(50)は華為に魅力を感じ、遠いアイルランドから2年前に入社してきた。
 中国では第4世代(4G)の通信サービスの普及が始まったばかり。だが、10年前の2005年、華為ではすでに20年に商用化が期待される第5世代(5G)の開発に向けた検討が始まっていた。
 スマホが4Gから5Gに移行すると、情報の処理速度は一気に100倍に跳ね上がる。その5G開発の先頭を走るのが華為だ。
 「5Gのような20年単位のプロジェクトの開発ができるのも、華為が非上場企業だからさ」
 ジョー・ケリーはそう言い切った。「短期的な配当ばかり要求される上場企業なら、まともな5Gの開発なんて絶対できない」。もともと華為の大手顧客だった英固定通信最大手のBTグループから転職したジョー・ケリーには、そんな華為が羨ましく映った。
報酬で株を譲渡
 創業者で、今もトップとして君臨する最高経営責任者(CEO)の任正非(70)。任の現在の持ち株比率はわずか1・4%にすぎない。1987年の創業以来、上場することなく、残りは全て、任が社員だけに譲渡してきた。今や8万人超の社員が華為の大株主だ。
 だが、任が簡単に株を社員に譲ってきたわけではない。個人の目標の達成度合いに紐付け、達成者のみに株を成功報酬とし、譲渡してきたのだ。
 華為には非上場企業としての強みを最大限生かし、決して小手先ではなく、分かりやすく結果に報いる仕掛けで技術者を研究に駆り立ててきたからこそ、今の華為があると経営陣と技術者らは信じている。
 87年の創業時、たった14人の会社だった華為。それが過去10年間で投じた研究開発費が4兆円に迫る企業に変貌した。毎年の売上高の10%を超える研究開発費比率は、日本の電機大手の2倍の水準だ。今や全従業員17万人の45%、7万6000人は研究開発に関わる技術者だ。
 急成長を果たした華為。だが、それでも任がいまだにこだわりを持ち、技術者だけには力を込める口癖がある。
 「イノベーションはライバルの半歩先でいい。3歩先にまでは行くな。顧客に寄り添い、本当に使えるものだけを皆で作ってくれ」
 5Gなどの新技術に腰を据えて長期的に取り組みながらも、実用化の段階では、顧客のニーズからかけ離れてはならないというのが任の考えだ。
 顧客への密着も華為の研究開発の特徴だ。通信会社などとの共同開発拠点は世界31カ所に広がった。通信技術の新世代への移行が部品の一部やソフトの切り替えだけでできるようにした「シングルラン」と呼ぶ携帯電話基地局の設備。通信会社のコストや手間を大幅に省けるこの製品は、英通信大手ボーダフォンとの共同拠点で生まれた。
 任の思いに共感する世界の技術者たちが今日も華為の門をたたく。14年の1年間、その技術者数は世界で過去最高の6000人に達した。

髪は細胞に宿る、理研、マウスで発毛、資生堂、自分の頭皮から移植、杏林大、iPS使い毛包作る

 髪の毛が抜ける脱毛症状を抱える成人男性は全国で1200万人超ともいわれる。身近な症状だが、なかなか治療法もないのが現状だ。ただ最近では先端の医療技術を駆使、生活を変えていけば髪の毛を再生できることが分かってきた。実現すればビジネスパーソンのメンタル面の健全性が向上するなど「再生」できる経済面の効果も大きい。
 理化学研究所多細胞システム形成研究センターのある研究室。その研究室の飼育箱のなかで動き回る1匹の毛のないマウスに異変が起きた。毛が生えてきたのだ。
 このマウスを育てたのは同研究所の辻孝チームリーダー。同リーダーはマウスの背中にちょっとした仕掛けを施したマウスで、毛のタネを植え付けている。同じやり方で「あと4~5年あれば人の髪の毛も再生できるようになるかもしれない」(辻リーダー)。
 ではこの発毛のタネの正体とは――。
 髪の毛を作る力は毛包組織にある。辻リーダーのタネはこの毛包組織のもととなる「毛包原基」と呼ばれるものだ。胎児の体でこの毛包原基が作られていく過程を調べ、再生のメカニズムを解明した。
 毛包原基は上皮性幹細胞と間葉性の幹細胞と呼ばれる2種類の組織からなる。この組織をマウスから抽出しくっつけコラーゲンゲルで培養する。毛包原基に仕上がった後はこれを皮膚表面に移植、マウスなら1週間程度で毛が生えてくる。
 ただ、簡単ではない。上皮性幹細胞と間葉性の幹細胞をくっつける際、極めて熟練された技術が必要になる。隙間ができないよう高密度に接着しなければならないが、かといって混じり合ってもいけない。ここをうまくコントロールできれば脱毛症の治療が身近なものになるかもしれない。
拒絶反応なく
 JR横浜駅から地下鉄を乗り継ぎ20分余り。横浜市郊外の住宅街の一角に、資生堂リサーチセンターは位置する。約500人の研究者らが勤務する資生堂グループ最大の研究開発拠点だ。
 ここで今、急ピッチで進むのが毛髪研究だ。資生堂はこの分野で1世紀の歴史を持つ。1915年に頭髪向け香水「フローリン」を発売、以来、ヘアケア製品「アデノバイタル」など商品の幅を広げてきた。
 ライフサイエンス研究センターで再生医療開発室長を務める岸本治郎氏が取り組むテーマは、再生医療の技術を使った毛髪の復活だ。脱毛症は最も多い男性型脱毛症や円形脱毛症などいくつかの種類があるが「完全には解明されていない」(岸本氏)。
 そこで資生堂はカナダのベンチャー企業、レプリセルライフサイエンス社と提携。毛根に含まれる髪の毛を伸ばす細胞を増殖し、再び頭皮に戻す取り組みを進めている。
 髪の毛を復活するうえでポイントになるのは、「毛球部毛根鞘(しょう)細胞」と呼ばれる毛根の先端部分だ。この「毛球部毛根鞘細胞」こそが、髪の毛を伸ばすための司令塔としての役割を担っていることを、約10年前にレプリセル社が突き止めたのだという。
 具体的には元気な髪の毛の周囲5ミリの頭皮をカットし、「毛球部毛根鞘細胞」を分離して培養する。増殖した細胞は注射器に入れて脱毛した頭皮に再び注入する。岸本氏は「髪の毛を伸ばす力を失わずに細胞を増殖するにはノウハウが必要」と語る。
 毛髪再生に使う細胞は、自分の頭皮から採取し増殖させる。注射器で頭皮に注入しても、拒否反応を起こす心配がない。欧州ではレプリセル社が既に初期段階の治験を実施し、安全性を確認している。同時に治験を実施した16人のうち10人が、髪の毛の本数が5%以上増えたという。
 資生堂は昨年5月、細胞を培養するために使う細胞加工培養センターを神戸市内に開設。厚生労働省の認可を待って、本格稼働する予定だ。医療機関と連携し国内治験に向けた準備も進める。
コストがネック
 杏林大学皮膚科学教室の大山学教授は、iPS細胞を用いた毛髪の作成を目指す。大山教授は毛包の組織に育つ前の前駆細胞をつくることに成功している。
 ヒトのiPS細胞からまず前駆細胞をつくり、毛の育成を促すマウスの細胞と混ぜる。これをマウスに移植して育てて毛包にし、この毛包から細いながら毛が生えることが確認された。
 毛髪を形作る毛包の元の組織や、毛の育成を促す毛乳頭細胞は単純に培養してしまうと組織を作る力を失う。だが、iPS細胞を用いて作成した毛包の元の組織から少なくとも毛包を形づくることができた。
 問題は毛包をつくる際、今の研究レベルでは生体内と同じ環境にする必要があることだ。「マウスを使うしかないが、生きたマウスの体内で作った毛を移植したいという人は決して多くないはず」(大山教授)という。
 ただ実用化までは少なくとも10年かかる。そもそも「iPS細胞を用いて作成する毛髪はコストが高く、一般的に利用できるものではない」(大山教授)。このため大山教授はiPS細胞を用いた毛髪を直接移植するのではなく、育毛剤などの創薬研究の材料にできないか、研究を進めている。
脱毛症とは
抜け毛と生成
不均衡が原因
 毛が抜けて毛の本数が少なくなる状態をいう。毛の本数が同じでも、太く長い毛が細く短い毛に置き換わることで、髪の毛全体が少なく見えるようになる状態も脱毛症に入る。
 人には約10万本の髪の毛がある。毛には成長期や退行期、休止期があり、数年間伸びた後は抜け落ち新しく生まれかわる。通常は1日に百本程度の髪の毛が抜け、新しい毛もほぼ同数生まれる。
 最も多いのは「男性型脱毛症」だ。病気ではないが男性ホルモンの影響により頭頂部から前頭部の髪の毛が薄くなるのが特徴だ。日本人の成人男性の約3人に1人に現れる自然現象で、早ければ20歳代後半から症状が現れ年齢とともに進行する。前頭部から頭頂部にかけて全般的に髪の毛が薄くなる。
 このほかコインのように円形の脱毛が頭部に生じる円形脱毛症が知られており、病気として治療できる。複数発生することもある。またケガの傷痕から毛が生えなくなる症状や抗がん剤などの副作用で、毛が生えなくなる症状もある。

レジ待ち行列、データで解消――巨大スーパー「ベイシア佐倉店」1日6000人来客

数分後の混雑予測 台数調整
 売り場面積が1万平方メートルにも達する巨大スーパー、ベイシア佐倉店。休日ともなれば1日6000人を超える客が来店し、店内は大にぎわいとなる。しかし、混み合うスーパーにありがちな「レジ待ち行列」は、このベイシア佐倉店では見当たらない。店内に設置したセンサーと過去の客数データを組み合わせ、必要となるレジ台数を予測、混雑の解消につなげた。
 JR佐倉駅から車で約5分。前面に巨大な駐車場を備えた「ベイシア佐倉店」(千葉県佐倉市)が見えてくる。幹線道路沿いにあり、店内は水曜日の午前中にもかかわらず、主婦らであふれていた。佐倉店は売り場面積が8000~1万平方メートルを誇る「スーパーセンター」だ。
 午前11時30分。顧客の数が午前中のピークを迎える。佐倉店の平均買い上げ点数は優に20点を超える。通常の食品スーパーと比べると、1人当たりの精算時間が1・5~2倍かかるとみられる。
 スーパーのレジといえば、昼前や夕方を迎えると、精算を待つ顧客が長蛇の列を作る光景が目に浮かぶ。にもかかわらず、佐倉店ではレジの前で精算を待つ顧客の姿は見当たらない。顧客はほとんど並ぶことなく次々と精算を終え、店を後にする。
携帯端末に通知
 レジの手前に立つベテラン従業員の荒屋幸子氏は、手元のPDA(携帯情報端末)の画面に目をやると、まだレジを待つ顧客がほとんどいない状況にもかかわらず、閉めていたレジを1台開けた。そして顧客に「どうぞこちらが開きますので」と声をかけた。その直後、精算に向かう顧客が急に増え、あっという間にレジが埋まった。まるで荒屋氏には数分後にレジが混雑することが分かっていたかのようだ。
 なぜ荒屋氏はレジで精算する顧客の数が増えることを、事前に予測できたのか。秘密は佐倉店が4~5年前に導入したサーモ(赤外線)センサーを使った、精算客数予測システムにある。英システム開発会社の製品を採用した。海外では英スーパー大手のテスコが約700店舗で導入済みの仕組みだ。
 予測システムは入り口とレジの近くに50台以上のセンサーを設置し、店内の客数データを収集。データと過去の実績データを組み合わせて分析し、これから必要になるレジの台数を予測する。
 データの収集・分析・展開の流れはこうだ。まず、センサーから2種類のデータを収集する。1つが店内の客数データだ。店の入り口に設置したセンサーで入店客数をカウント。予測システムはPOS(販売時点情報管理)端末とデータをやり取りできる機能を備えており、センサーから得た入店客数からPOSで精算を終えた顧客の数を引くことで、店内の客数を割り出す。
 もう1つがレジで精算を待つ顧客の組数だ。これはレジの手前・上部に設置したセンサーでカウントする。予測システムは夫婦や家族連れといった「グループ」を認識するプログラムを搭載しているため、組数を正確に見極めることが可能だ。
 分析フェーズでは、店内の客数とレジで待つ顧客の組数という2種類のデータに、レジの開閉状況や平均買い上げ時間といった実績データを加えて、専用のソフトウエアで解析する。そうすることで、今何台のレジが稼働していて、「15分後」と「30分後」にレジが何台必要になりそうかを予測し続ける。この予測データが「レジ前係」のPDAに飛ぶ。
 レジ前係は予測データを見ながら、レジの稼働台数を調整し、必要であれば他部門から応援を要請する。もし15分後に必要なレジの台数が変化すれば、PDAが振動し、レジ前係に知らせる。
 レジ前係がPDAに表示された予測結果を基にレジの開閉を判断するには、KPI(重要業績評価指標)が要る。KPIがないと、誰がレジ前係を担当するかによって、レジ開閉の判断基準がまちまちになってしまうためだ。ベイシアは「1+2」というKPIを設定している。1+2とは、1台のレジに対して、2組以下の顧客が待つ状況を指す。もし3組以上の顧客が待つレジがあれば「混雑している」と判断し、すぐに閉めているレジを開ける。
店員の満足向上
 予測システムの導入は大きな成果を生んでいる。ほぼ客数が同じだった日曜日で比較すると、1+2の達成率は22・6%から82・4%に高まった。予測システムの導入を手掛けたベイシア流通技術研究所の重田憲司役員待遇所長は「CS(顧客満足度)は着実に高まっている」と強調する。
 予測システムの導入は、従業員満足度(ES)の向上にも貢献している。というのも、レジが混雑した状況で、いきなり応援に入れられる状況が無くなり、従業員の心理的な負担が減るためだ。
 予測システムの導入当初はレジが混んでいない状況で応援に呼ばれるため、従業員から「混んでいないのになぜ呼ぶのか」と不満の声が漏れた。しかも、従業員が「もう混雑のピークは過ぎた」と勝手に判断し、レジを離れてしまうケースがしばしば起こったという。
 重田所長は「これから混むから入ってもらうんだ」と粘り強く説き、レジ前係から指示があるまでレジを離れないように徹底させた。予測システムはコストの関係で佐倉店以外には導入していないが、レジ前係は他店にも設置している。週末など繁忙日の入店客の増減を時系列で把握。レジ前係の“人力予測”でレジ待ちの減少とCS、ESの向上を図る。

GE、日本でLED照明、岩崎電気と競技場向け、月内に販売、五輪需要にらむ。

米ゼネラル・エレクトリック(GE)は陸上競技場や体育館などで使う発光ダイオード(LED)照明事業で日本に参入する。岩崎電気と組み、月内に販売を始める。競技場向け照明は現在、水銀灯が主流だが、2020年の東京五輪開催に合わせた施設整備により省エネ性能が高いLEDの採用が加速する見通しだ。ロンドン五輪などの実績をテコに、19年までの累計で50億円以上の売上高を目指す。
 GEはロンドン五輪で競技場の客席に使うLED照明を供給した実績がある。フィールドを照らす照明も開発済みで、16年のブラジル・リオデジャネイロ五輪でも一部競技場へ納入する計画だ。
 GEは日本市場でオフィスや工場に使う業務用LED照明を販売しているが少量にとどまっていた。五輪を機に立ち上がる大型照明市場をとらえ、日本に本格参入する。
 GEが照明の製造・販売を手掛け、岩崎電気が施工と管理を担う。両社は日本で1973年から競技場向け照明機器を合弁で手掛けている。GEは日本国外工場のほか、埼玉県鴻巣市の合弁工場でLED照明を生産、自社での販売に乗り出す。
 汎用品からオリンピック仕様の特注の一点物まで数万~数百万円と幅広い製品を手掛ける予定だ。施工する岩崎電気はバレーボールや水泳など競技ごとに異なる取り付け方にゼネコンなどと連携して対応する。
 東京五輪では建設予定の新国立競技場や有明アリーナなど、ほぼ全ての競技施設でLED照明を使う。19年ごろまでの累計で関連市場規模は100億円以上に膨らむと見ており、GEはその半分以上を獲得したい考え。
 五輪施設の照明は輝度や明るさの均一性など独自の基準がある。GEは電子回路とLED素子の擦り合わせ技術により、高輝度で光が均一に広がりやすい照明を開発した。消費電力も水銀灯に比べ半減した。
 国内の水銀灯照明はパナソニックや東芝など日本メーカーが独占しているが、競技場向けの大型LED照明の事業化は遅れている。LEDは調光や調色が可能でコンサートの照明としても兼用できる。五輪施設への納入を足がかりに、GEは全国の体育館などで照明の更新需要を取り込む。
 GEは国際オリンピック委員会の公式スポンサーで、オリンピックでしか使わない仮設設備では照明分野の優先権がある。施設の建設を請け負うゼネコンから国立競技場など長期使用する施設でどれだけ受注できるかが焦点になる。

沸き立つ再生医療(上)細胞加工「日本発」標準へ――日立・川重も実用化へ連携。

 生きた細胞を加工して失われた身体機能を回復させる「再生医療」が沸き立っている。日本はこれまで基礎研究で先行したが、実用化では世界に後れを取ってきた。この反省から関連の法律が整備され、世界で最も早く製品を実用化できる環境が整った。反転攻勢を狙う企業群には新顔も登場。市場の開花は目前だ。
医療と畑違いも
 iPS細胞を使った共同研究契約の締結に関する17日の記者会見。京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長と武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長兼最高経営責任者(CEO)の顔は、場慣れしている2人にしては珍しく上気していた。 「これほど大規模で包括的な共同研究はこれまでにない」(山中所長)。「歴史的な提携。細胞医療は有望だ」(ウェバー社長)
 武田が投じる研究費は10年間で200億円。京大は武田に50人の研究員を派遣する。企業の研究所でこれだけ大人数の研究者が働くのは例がない。
 産学連携の広がりは水面下でも加速している。4月1日、東京・日本橋のビルの一室に「再生医療イノベーションフォーラム」の小さな看板が掛かった。常駐スタッフ1人に大きめの会議室。日本の再生医療のけん引役を期待されている企業群「RMIT」のヘッドオフィスだ。
 再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)は、同分野に関心のある100社以上の企業で構成する。製薬企業だけでなく、日立製作所や川崎重工業、大日本印刷など、医療との関わりが薄かった企業も名を連ねる。
iPS知財囲う
 その中でも再生医療の実用化に前のめりになっている企業だけで運営費を出し合い、組織したのがRMIT。新オフィスはパートナーを探す窓口で、まだ仮のオフィスながら「毎日数件、国内外からの問い合わせが入る」(FIRMの横川拓哉運営委員長)
 既にRMITでは、川崎市の総合特区内に関連企業の開発拠点を集積させる方針を決めた。国際標準化機構(ISO)でも細胞加工に関してFIRMの代表者が座長を務めることが決まった。目指すは日本発の再生医療の世界標準づくりだ。
 ものづくりで培った技術は、細胞加工でも生かされている。例えば日立製作所は、東京女子医科大学などと共同で細胞を短時間でシート状にする自動培養装置の実用化を目指している。
 富士フイルムはiPS細胞供給の世界最大手のセルラー・ダイナミクス・インターナショナル(CDI)の買収を決めた。CDI社と京都大学が持つ特許を合算すると、iPS細胞関連の主要な知的財産は日本勢が囲い込んだことになる。
 実用化で後れを取ってきた日本勢。だが、昨年の医薬品医療機器法(旧薬事法)の施行で、再生医療の早期承認制度が設けられ、以前なら10年以上かかる実用化までの過程が3~4年で済むようになった。武田・京大のように資金面も充実。FIRMなど連携支援の輪も広がる。次は具体的な成果が問われる段階だ。

太陽光で燃料電池用水素、東芝が実験、CO2出さず、製造から発電一貫。

 東芝は20日、太陽光発電を使い、燃料電池で発電する水素を製造・貯蔵するシステムの実証実験を川崎市で始めたと発表した。水素の製造から燃料電池での発電まで一貫した「地産地消」であることが特徴。猛暑時の補助電源や非常用電源などに活用する。
 太陽光発電でつくった電力で水を水素に分解し、この水素をタンクにためる。必要に応じて燃料電池で発電する。水素製造から発電まで二酸化炭素(CO2)を排出しない利点がある。東芝の田中久雄社長は「水素社会の実現へ向けて大きく踏み出す」と強調した。
 川崎港近くにある川崎市の施設にコンテナ型のシステム「H2One」を設置し、運転を始めた。従来の燃料電池では都市ガスなどから水素を取り出す際にCO2が出ていたが、今回のシステムではCO2を排出しない。非常時には300人分の電力と温水を1週間供給できる。
 東芝は同システムを9月までに発売する計画だ。自治体や鉄道会社向けに非常用電源として売り込み、初年度に50台程度の販売を目指す。大型の蓄電池と比べて3分の2程度のコストで導入できるという。

産総研など、国立研究開発法人に、イノベーション強く意識、研究費確保、企業とも連携。

研究開発を担う政府系機関が4月から「国立研究開発法人」という名を冠した。一般の独立行政法人と同じ扱いだったが政府は投資による研究成果の最大化を目指す研究機関に業務コスト削減を重視する独法はそぐわないとして制度を改めた。各法人は政府の戦略に沿ってイノベーションを意識した体制を整えた。外部資金を多く獲得しようとの思惑も見て取れる。
 産業技術総合研究所や理化学研究所など31法人が国立研究開発法人となった。新法人は研究成果を最大限高める目標を課せられており主務大臣が評価する。政府の考えを反映しやすい仕組みだ。
 政府は厳しい財政状況から法人に渡す基盤的経費の運営費交付金を減らしている。各法人は技術や成果がイノベーション創出に貢献すれば、優れた研究に与えられる競争的資金や民間資金を獲得できる可能性が高まるとみて、動き出している。
 情報通信研究機構は個人情報の漏洩防止システムなど企業の需要が強い技術開発に重点を置く。外部からの研究資金獲得を強化し、2015年度は前期比2割増の14億円の資金獲得を目標に掲げる。坂内正夫理事長は「実社会の課題を解決しながら情報通信で新たな価値を生み出したい」と話す。
 大学や企業などと積極的に協力するオープンイノベーションも進める。20年の東京五輪を照準に民間企業約10社と組み、多言語の音声翻訳サービスを開発する方針だ。
 産総研は4月からの新中期計画で目標や組織体制を改めた。企業からの資金獲得額は現在約46億円だが、5年後は3倍以上にする目標を立てた。企業の抱える課題の解決策を提示できるような場合は有償で相談に乗ることも視野に入れる。今夏にも試行する考えだ。
 政府が医療研究の司令塔と位置付けて4月に発足した日本医療研究開発機構は再生医療やがん、精神・神経系疾患の治療研究などを柱に据える。末松誠理事長は「研究費の配分にあたり最初から医療応用や事業化を考えているかが重要になる」と実用化重視の姿勢だ。
 難病研究は開業医や大学病院などの連携を促し効率的に進める考え。ゲノム(全遺伝情報)解析の成果を生かし、がんなどの正確診断や治療効果が高く副作用の少ない薬の早期開発につなげる。
 「宇宙は組み合わせ産業で日本は要素で見ると強い。我々が糾合したい」と意気込むのは宇宙航空研究開発機構(JAXA)の奥村直樹理事長だ。国内メーカーは衛星とロケットの一方だけを事業としているが、両方を手掛けるJAXAはそれぞれの研究部隊などを集約し国際競争力を強める。
 まだ大きな変更がない法人もあるが、文部科学省幹部は「国立の名前が付いたことで、成果の社会還元へ研究者の意識が変わればよい」と話す。
 政府はさらに、優れた研究者を高給で雇用できる「特定国立研究開発法人」の導入も目指す。国際競争力を高める狙いで産総研と理研が候補だ。ただSTAP細胞論文の不正問題で理研が改革を求められており、国会への法案提出が遅れている。

眠れる電源、有効活用、都市の川で発電、ボタン一押しで、大学など実用研究進む。

 これまで発電に活用してこなかった身近な場所にあるエネルギーを有効活用する技術の開発に大学などが動き始めた。都市部の川の流れや人の動きなどを活用して発電する。生活環境に潜む小さなエネルギーに着目することで、節電だけでなく、都市で使う電気の一部の地産地消に道を開く。
 有効に使われていないエネルギーはさまざまな場所に存在している。たとえば産業部門の廃熱だけでも年間1兆キロワット時に達するといわれる。国内の年間電力消費量に匹敵する数字だが、大半はそのまま捨てられている。ただ、個々のエネルギーの多くは規模が小さい。不安定で、利用コストも高くなる傾向がある。
 福岡工業大学の阿比留久徳教授らは都市の平地を流れる川や農業用水で発電できる装置を開発した。幅2メートル、重さ300キログラムで、2枚の板を垂直に水の中に沈める。板は飛行機の翼のように丸みがあり、水流によって魚の尾びれのように左右に振動する。これを回転運動に変え、電気を作る。毎秒1~2メートル程度の流れがあれば発電できる。
 橋桁からつるしたり船に乗せたりして使う想定だ。常時稼働させれば照明や空調、炊事など住宅2軒分で使う電気をまかなえる年間9000キロワット時弱の電気を作れる見通し。装置は100万円程度で作製できるとみており、2~3年後の実用化を目指す。「従来の水車は落差のある山間部の川でないと実用的な発電が難しかった」(阿比留教授)
 金沢大学の上野敏幸准教授は指を軽く動かす動作で発電できる手のひらサイズの装置を作った。親指でボタンを押すと鉄とガリウムの合金でできた棒が振動して発電する。形が変わると磁力が生じる現象を利用した。1回押すと照明や呼び鈴のリモコンを動かせる程度の電気が得られ、内蔵電池が不要になる。工場や道路などの振動も発電に活用できるという。
 1個500円以内で作れる見込みという。機械製造の梶製作所(石川県かほく市)などと協力し、1~2年以内に家電や住宅メーカー向けに試験出荷する計画だ。
 神戸市立工業高等専門学校の赤松浩准教授らは下水処理場から出るメタンガスを利用して発電する機器を試作した。処理場のメタンガスは濃度が低く燃やしにくいがプラズマ(電離ガス)を発生させる装置を組み合わせることでガスの状態を変化させ、燃焼しやすくした。材料加工や殺菌などに使う装置を通常の発電に使うアイデアだ。
 下水処理場は都市部に近い場所にあり、発電できれば送電の際の損失も減らせる利点がある。数年後の実用化を目指す。 国も未利用エネルギーの活用を目指している。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は2015年度から8年間で120億円以上を投じ、車や工場の廃熱をもとに発電する技術を開発する。ほとんど利用されていない比較的低い温度のセ氏200度以下の熱で効率よく電気を作る。
 車向けでは熱を電気に変える材料などの開発を目指す。車はガソリンのエネルギーの約3割を動力に使い、残りは熱や振動になっているという。

三菱電機、長い話し言葉、正確に文章化

 ■三菱電機 長い話し言葉を正確に文章化できる音声認識技術を開発した。家電やカーナビゲーションシステムなどを声でスムーズに操作するのに役立つ。2~3年後をめどに製品に応用する方針だ。
 従来の音声認識技術は話し言葉が長くなると文章のはじめと終わりで単語のつながりが分からなくなり、正確な意味を認識しにくくなる。新技術ではどんな文章で単語の組み合わせを誤りやすいか、コンピューターにあらかじめ学習させ、結果を修正する。
 実験で10人がそれぞれ日本語で講演した15分間の録音データを使い、認識精度を調べた。実用の目安となる9割を超える正解率で、音声を正確に文章化できた。
 自然な話し言葉の意味を機器が正しく読み取れると、人が制御用の命令文を覚えなくて済み、操りやすくなる。

東日本旅客鉄道、薄く軽い太陽電池、福島駅で発電開始

 ■東日本旅客鉄道(JR東日本) 次世代型と期待される有機薄膜太陽電池を福島駅(福島市)に設置し、4月から使い始めた。厚さ0・7ミリメートルで重さは従来の太陽電池の約10分の1。同社研究所や駅で実証試験を進めてきた。信頼性が確認できたため実用に踏み切った。省エネに役立てる。
 改修した福島駅の連絡通路の窓にある合わせガラスの間に挟んだ。1枚のガラスに20センチメートル角で重さ約50グラムの太陽電池を12個並べた=写真。ガラス20枚分の出力は最大260ワット。60ワットの発光ダイオード(LED)照明を5個並べた場合、約5時間点灯できる。
 太陽電池は新素材開発ベンチャーのイデアルスター(仙台市)と高橋光信金沢大学教授らが開発し、倉元製作所が作製した。フラーレン(球状炭素分子)などを使い、主に塗布技術で作った。

2015年4月17日金曜日

SONY転生デバイスで変える(4)完成品部門揺さぶれ、超短焦点プロジェクターなど表舞台――ヒット不在の中、社内活性化。

壁破り組織の融合狙う
 「平井さん、ちょっとこちらに来ていただけますか」。2013年8月、ソニー厚木テクノロジーセンター(神奈川県厚木市)で開かれた夏祭りに参加した平井一夫社長は、ある技術のデモンストレーションに突然、招かれた。
 そこで平井社長が見せられたのは、キューブ形状の携帯型プロジェクターだ。単なる小さなプロジェクターではない。「超短焦点」と呼ぶソニーの最先端の技術を備え、壁との距離が0センチメートルから投写が可能で、最大50型の映像を見られる。
 実用化すれば、壁や机、外出先など場所を選ばずに映像を気軽に楽しめる新たな映像体験を消費者に提供できる。技術の潜在力を直感した平井社長は、生活空間のなかで新たなAV(音響・映像)体験の創出を目指すコンセプト商品群「ライフスペースUX」の商材に加える判断を下した。
社長に直談判
 ゲリラデモを仕掛けたのは、プロジェクター用デバイスの開発チームだ。コンセプトが斬新なだけに、デバイス側から提案をしたもののセット(最終製品)側が採用をためらう日々が続いた。
 そこで直談判という一計を案じた。ディスプレイデバイス事業部ディスプレイデバイス1部2課の吉永朋朗統括課長は「眠っている技術を使って、ソニーの既存の商品にはない畑違いのプロジェクトを作りたかった」と振り返る。
 デバイス発で新規事業を創出しようという試みが活発になってきている。これまでは「セットの差異化を促す技術の担い手」という裏方を演じてたが、表舞台に躍り出てきた格好だ。
 身にまとうIT(情報技術)機器「ウエアラブル端末」も中長期の展望で仕込む種のひとつだ。メガネやゴーグルなどに簡単に取り付け・取り外しができる「スマートアイグラスアタッチ!」もデバイス発の新商品だ。
 0・23型の超小型有機ELディスプレーを機器の先端部に搭載。メガネにこの機器を装着すると、利用者は約2メートル先に16インチ型ディスプレーと同等の映像を見られる。
 こうした動きの背景には、エレクトロニクス商品のトレンド変化が激しさを増していることがある。ディスプレイデバイス事業部の阿部文明事業部長は「商品形態が正常進化するようでは新しい成長を描きづらくなっている」と話す。従来型のビデオカメラが低迷するなか、身にまとう小型カメラで新市場を創出した米ゴープロが好例だ。
 既存の肥大した組織で新たな挑戦をしようにも、制約が課せられることが少なくない。そこで自由な発想で技術の用途を生み出せるデバイス部門の出番が増えた。
 制約のない自由な発想は、ソニーが3月に新規参入した化粧品分野で発揮された。肌解析システム「ビューティーエクスプローラー」は画像センサーの開発チームがけん引した。ソニーセミコンダクタ(熊本県菊陽町)の上田康弘社長は「グループを見渡して既存の事業部門が手掛けていない成長領域に、デバイスからまず仕掛ける」と強調する。
 4月にはデバイスソリューション事業本部内に新規事業部門を新設した。単発で仕掛けていたこうした新規事業の創出の動きを組織的にサポートし、確実な事業化を後押しする狙いだ。
 ヒット商品が生まれず縮小が続くエレキ商品。この負の流れを断ち切るべく、デバイス発の新規事業の創出でセット部門を揺さぶり、社内を活性化する試みだが、デバイス部門にはもうひとつの役割が期待されている。異なる組織をつなげるという扇の要の役割だ。
技術で横串、課題
 「デバイス発の商品を大きく育てようにもデバイス部門にはそのノウハウがない」。阿部氏はこう指摘する。上流の基礎研究を担う研究開発(R&D)部門からデバイス部門、セット部門までを「技術をもって横串をさしてつなげていくのが課題だ」(鈴木智行副社長)と強調する。
 ソニーは15年度からの3カ年の中期経営計画で「分社化の推進」を組織変革の柱にかかげた。すでにスマートフォンやテレビ、ゲームなどは分社されているが、10月に携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」などを担うビデオ&サウンド事業も分社化され、将来、全事業が分社される計画だ。
 結果責任の明確化や意思決定の迅速化が狙いだが、社内からは危惧の声もあがる。分社された子会社が既存の事業領域のみに集中し、異なる分野への挑戦や新しい市場の創出のような活動が低下するという懸念だ。
 鈴木副社長は「カギは分社化された子会社の経営者が横とつながる姿勢をもつこと」と指摘。「現場の連携を強められるかどうかが、分社の最大の課題だ」と話す。
 かつてのソニーは共同創業者の井深大氏と盛田昭夫氏が「ものづくり」と「ビジネス」で役割分担し、岩間和夫元社長が「技術」で支えた。平井社長は「イノベーションで感動をもたらすことがソニーのミッション」と語る。創業者世代が去った後、イノベーションの新たな仕組みをどう再構築するか。「SONY転生」の絶対条件だ。
(次回は「デジタルBiz&Tech」面に掲載します)
【図・写真】壁に貼り付けられるプロジェクターの小型版(写真上)と、壁に大画面映像を映すプロジェクター(同左下)、眼鏡に装着できる「スマートアイグラスアタッチ!」

SONY転生デバイスで変える(3)機器と人、心交わす日、画像センサー、感情認識に挑む――センシング、事業領域拡大。

車の安全・安心に活用
 スタンリー・キューブリック氏が監督・脚本を務めた映画「2001年宇宙の旅」。この作品に登場する人工知能を備えたコンピューター「HAL9000」が、ソニーの画像センサーの未来を占うヒントになる。
 「画像センサーが果たす究極の役割はHALのようなパーソナルコンシェルジュを身近にすることだ」。ソニーセミコンダクタ(熊本県菊陽町)の上田康弘社長は語る。映画に登場する瞳のような形状をしたHAL9000は人と心を交わす。
 コンピューターが人間と心を交わすために必要な情報を得るキーデバイスとして重要になるのが画像センサーだ。「画像センサー技術を心の状況まで認識できる次元にまで高めたい」(上田氏)。ソニーは「感情センシング」と呼ぶ画像センサーで人の感情をとらえる技術の実用化に向け研究に乗り出した。
 この「センシング」はソニーの画像センサーの事業領域を広げる技術戦略の柱となる。例えば、高速で移動中に物体を正確に捉えたり、暗闇でも対象物を認識したりする。現在はスマートフォン(スマホ)やデジタルカメラなどで肉眼で見える世界を忠実に再現する「イメージング」が主体だが、センシング領域に軸足を広げることで、事業機会を増やす。
 デバイス&マテリアル研究開発本部長の平山照峰業務執行役員SVPは「肉眼では見えない可視光以外の光の波長などを捉えられる進化の道もある」と話す。特殊な光の波長を野菜に当てて、画像センサーで鮮度を判定する世界も夢ではない。
社会課題を解決
 センシング領域でソニーが足元で最も注力するのが車載だ。鈴木智行副社長は「単に画像センサーの部品だけを供給するつもりはない」と語る。暗闇で人を捉える画像認識や悪天候でも鮮明な映像にする画像抽出などのシステムまでも手掛け、「これらを車の制御系に反映させる総合的なソリューションまでを開発したい」という。
 「伝説的なデモンストレーションをありがとう」。昨年10月下旬、ソニーの車載用画像センサーのチームは欧州のある大手自動車メーカーの担当者から称賛された。
 ソニーが用意したのは、車載向けに専用で開発した画像センサーのデモだ。真っ暗闇の部屋にこのセンサーを置き、離れた場所にいる人の顔を映し出す。モニターに真っ暗闇のなかで顔が鮮明に浮かび上がると、驚嘆の声が上がった。車載用の画像センサーは今年12月に量産出荷を始める。
 これまで画像センサーの車載への転用では一定の距離を置いてきたソニーの方針が転換したのは昨年秋だ。車載用の画像センサーに本格参入すると発表し、画像センサー業界内に衝撃を与えた。「ソニーの本気度はどれくらいなのか」。この知らせを聞いた韓国サムスン電子の担当者から日本の取引先に問い合わせが相次いだほどだ。
 車載用の開発に着手したのは2012年夏にさかのぼる。ただ、道のりは平たんではなかった。
 「乗用車は10年、商用車はそれ以上の保証が必要で、簡単にやめられませんよ」。ソニーのイメージングシステム事業部ISビジネス2部の綿谷行展統括部長は、自動車メーカー担当者から疑念をもたれたことがある。
 ソニーは消費者向けエレクトロニクス商品の印象が強い。市場環境の変動が大きく、生まれてすぐに消えた商品も少なくない。人命にかかわる自動車ビジネスに参入する覚悟を問われたわけだ。「本気で臨む。時間はかかるかもしれないが、自動車業界で信頼を高めたい」(綿谷氏)
 自動運転車開発ベンチャーのZMP(東京・文京)にも出資し、画像センサーの応用領域を広げていく。車載イメージングソリューション事業室1課の相沢康正プロダクトプランニングマネジャーは「センシングの技術は車の安心・安全に貢献できる」と話す。技術を社会課題の解決に役立てるという従来のソニーになかった挑戦だ。
競合に先手打つ
 デバイス部門の強みは、将来の技術展望を描き、ライバルに先んじて手を打つというロードマップ戦略を地道に実行している点にある。トランジスタやCCD(電荷結合素子)などの技術の筋を見極めて先行投資し、「技術のソニー」を引っ張った岩間和夫元社長から引き継がれる魂だ。
 今でこそわが世の春のCMOS(相補性金属酸化膜半導体)画像センサーだが、CCDからの切り替えに遅れ、実は最後発の参入だった。逆襲のきっかけとなったのは、光を効率的に受けられ、感度2倍に高められる「裏面照射型」の革新的なCMOS画像センサーだった。アイデアは古くからあったが、量産が難しいとされていた。開発を指揮した平山SVPは「CCDを上回る感度を出す技術はこれしかない」と技術の筋を見極め、十数人で開発に着手した。
 当初は反対の声も少なくなかったが、ソニーには難路に挑む者たちを応援する文化がある。その技術は積層型へと進化しソニーを支える。「トップに立ち続けるには、他社と異なるモノを出さなければならない」と語る平山SVPは今、画像センサーのロードマップを2024年まで描いている。未来を自ら描き、現実化に挑む。攻勢に転じるソニーに求められる気概だ。

SONY転生デバイスで変える(2)画像センサー総力結集、「積層型」世界初の量産――元「セル」技術者170人担う。

新興国スマホ照準
 長崎県諫早市。スマートフォン(スマホ)やタブレット(多機能携帯端末)に搭載されるCMOS(相補性金属酸化膜半導体)画像センサーの戦略拠点、長崎テクノロジーセンター(長崎TEC)が24時間のフル稼働を続ける。ソニーセミコンダクタ(熊本県菊陽町)の山口宜洋執行役員兼長崎TECプレジデントは「我々のものづくりは絶対にまねできない」と自信を見せる。
2つの顔を持つ
 ソニーが2012年10月に携帯電話向けに世界で初めて量産に成功した「積層型」のCMOS画像センサーにその秘密がある。積層型とは光を受ける画像センサーと画像処理チップを重ね合わせる技法だ。
 従来は画像センサーと同じチップ上に画像処理用の回路を形成していた。撮影性能を上げる場合には別の画像処理チップを搭載する必要があった。積層型はチップ面積を抑えつつ、高機能な画像処理チップも搭載できる。光をデジタルの画像に変換するアナログな半導体技術と、高速に情報を処理できるデジタルな半導体技術の2つの顔をもつのが積層型CMOS画像センサーだ。
 CMOS画像センサーを手掛ける台湾のTSMC(台湾積体電路製造)や韓国のサムスン電子、東芝などの競合は画像処理チップを重ね合わせる積層型の量産には至っていない。他社がソニーのCMOS画像センサー技術に追いつくにはソニーの開発が2年半以上停滞する必要があるという。
 山口氏は積層型の技法の難しさをこう例える。「画像センサーの基となる300ミリメートルウエハーを東京ドームとすると、まずドーム全体の芝を約2ミリの薄さに真っ平らに削る。ここで0・7ミリずれるとその時点で製品には使えない」という。「そのうえで、もうひとつのドームを重ね合わせるが、ここでも2ミリ以内に寸分たがわずに合わせる必要がある」
 ソニーが唯一、世界で先駆けて積層型を量産できたのは、最先端の画像センサーと大規模集積回路(LSI)の技術を兼ね備えているためだ。光を高画質な画像に変換する画像センサーと処理速度を上げるLSIの生産プロセスは全く異なる。「この異なる技術を高い次元で擦り合わせられる総合力が強みだ」。久留巣敏郎前ソニーセミコンダクタ社長は強調する。
 この擦り合わせを支えるのは数奇な運命をたどった長崎TECのファブ3と呼ばれる工場だ。
 もともと、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)のゲーム機「プレイステーション(PS)」に搭載するLSIを主に生産していた。後に東芝と米IBMと共同開発したMPU(超小型演算処理装置)「セル」の量産拠点に育つ。その後、08年3月に東芝に実質的に譲渡した。さらに画像センサーの需要増に伴い東芝から11年4月に買い戻した。
 セルそのものは普及しなかったが、最先端のLSIの開発や生産に携わった技術者たちがソニーに残った。熊本テクノロジーセンター(熊本TEC、熊本県菊陽町)には元セル部隊を中心にした約170人の技術者たちが常駐する。設計・開発から生産までを一貫して手掛ける体制だ。ソニーの鈴木智行副社長は「ソニーの半導体技術の総力を画像センサーに結集させている」と話す。
 ライバルも黙ってはいない。「ソニーと同じ半導体製造装置を入れてくれないか」。ある装置メーカーは中国の半導体メーカーからこう打診されたという。巨大な装置産業である半導体では、製造装置にノウハウが凝縮される。メモリーで日本が苦境に追い込まれた理由だ。
「外に出さない」
 山口氏は涼しい顔だ。「ライバルが同じ装置を入れてもソニーの画像センサーを再現できない」からだ。ソニーは独自の技術で装置を使いこなす。複雑な工程の一つ一つに独自のノウハウが隠され、生産ラインの全容を把握できる人材は一握りと言われる。「生産技術は外には出さない」(久留巣氏)と強調する。
 ソニーは開発・生産以外でもライバルの先手を打ち始めた。
 「お世話になりました」。最近、ソニーの画像センサーの取引先にあいさつのメールがよく届く。異動者はエース級の営業員ばかり。行き先は中国だ。ソニーは画像センサーの営業の精鋭を中国に続々と投入している。「中国のスマホメーカーが持つ情報の量と質の高さは段違いだ」(ある取引先)と舌を巻く。
 「新興国のスマホメーカーには部品を指名買いする動きが出ている。この動きに対応したい」。デバイスソリューション事業本部の野本哲夫モバイルイメージングシステム事業部長は次の競争をも見据える。生き馬の目を抜く競争が繰り広げられてきた半導体業界。今は独走状態にあるソニーの画像センサー部隊だが、慢心は許されない。

SONY転生デバイスで変える(1)「ソニー入ってる」照準、画像センサー、業界標準狙う。

スマホ搭載、金額シェア頂点 出荷年2倍、成長の軸
 構造改革から成長へ――。ソニーが生まれ変わろうともがいている。4月からの新たな中期経営計画で「利益重視と成長への投資」をテーマに据え、赤字体質から高収益企業への転換を目指す。看板事業であるエレクトロニクスにも聖域を設けない。長期低迷を脱し、「SONY」のブランドは輝きを取り戻せるか。転生に向けた胎動は始まった。その最前線を追う。(関連記事3面に)
 「資金提供の申し出をお断りします」
 2月。ソニーは約1050億円を投じ、スマートフォン(スマホ)やタブレット(多機能携帯端末)に搭載するCMOS(相補性金属酸化膜半導体)画像センサーの生産能力を月産8万枚(300ミリメートルウエハー換算)に引き上げる大型の設備投資を決めた。実はこの大型投資を巡り、米アップルが資金提供を提案してきたが、ソニーは自前路線を貫いた。
資金提供断る
 一方、ソニーと反対にアップルの資金提供を受け入れたのはジャパンディスプレイ(JDI)だ。JDIは3月、石川県に高精細の中小型液晶の新工場を建てると発表した。約1700億円の投資額の大半はアップルが負担するとされる。
 画像センサーと液晶パネルというスマホの中核部品を担う両社だが、大口取引先への対応は分かれた。巨額投資のリスクを単独で背負う判断は、画像センサーの競争力の強さに対するソニーの自信の裏返しだ。
 「工場はフル稼働だが、需要に供給が追いついてない」。ソニーのデバイスソリューション事業本部の野本哲夫モバイルイメージングシステム事業部長は悲鳴を上げる。
 ソニーの画像センサーの出荷量は2012年度に3億6000万個だったが、13年度には5億2100万個、14年度は9億個に達した模様。毎年2倍近いペースの伸びだ。「毎夏、中期計画を立てるが、毎回1年前倒しで需要予測が現実になる」(野本氏)
 7日には16年6月末までに月産8万枚としていた2月の増産計画を見直し、約450億円を追加投資して16年9月末までに月産8万7000枚に増強すると発表した。ソニーは16年までに月産7万5000枚としていた中期計画を前倒ししたうえで、生産能力の一段の上積みに踏み切る。
 「成長けん引」。画像センサーを中心とするデバイス事業に平井一夫社長が託した使命だ。17年度にデバイス事業は売上高で最大1兆5000億円(14年度見込みで9500億円)、売上高営業利益率で最大12%(10・5%)を目指す。売り上げ成長では全事業トップで文字通りにけん引役の期待がかかる。
 調査会社のテクノ・システム・リサーチ(東京・千代田)によると、14年のCMOS画像センサーの世界シェア(数量ベース、見込み値)は米オムニビジョンが23・4%と首位で、ソニーは20・7%と2位。だが、金額ベースではソニーが39・5%の首位で、2位のオムニビジョン(16・2%)を突き放す。
 鈴木智行副社長は「2年は競合よりも技術が先行している」と話す。韓国のサムスン電子は最上位機「ギャラクシーSシリーズ」の画像センサーでソニー製を毎回使っていたが、前モデル「S5」で自社製の画像センサーに切り替えた。ただ、最新の「S6」で再びソニー製に戻したほどだ。
中・低価格でも
 高付加価値分野の高い競争力を背景に、数量でも確固たる首位を狙う新たな挑戦が動き出した。
 これまでスマホの高級機向けを中心としていた画像センサーの供給先を中・低価格機に広げる。撮影性能を絞り込んで価格を抑えた廉価版の品ぞろえを拡充。中国など新興国のスマホメーカーに提供する。15年には数量ベースでも30%に達し、首位に立つ見通しだ。
 高画質の画像センサーとして確立したブランドを生かし、中・低価格市場までも席巻する。スマホの中核部品である「電子の目」で「デファクトスタンダード(事実上の標準)」を奪いに行く野心的な戦略だ。
 パソコン時代に米インテルがMPU(超小型演算処理装置)で築いた「インテル・インサイド」のモデルをスマホ時代の画像センサーで「ソニー・インサイド」として確立する。「高付加価値スマホへの依存度の高さが課題」(吉田憲一郎副社長)だったが、中核部品として標準の座を握れば、供給先を分散できるうえ、最終商品のスマホがコモディティー(汎用品)化しても収益性を担保できる。
 かつてソニーは東芝と米IBMとともにMPU「セル」を開発した。デジタル家電がネットワークでつながる時代をにらみ、テレビなどあらゆるデジタル家電に組み込む壮大な構想を描いた。だが、消費電力の高さや高コストがネックとなり、ゲーム機「プレイステーション3」以外の採用が広がらず、大きな損失を招いた。画像センサーは捲土(けんど)重来を期した再挑戦でもある。
 「投資回収は21世紀に入ってから」。ソニー半導体の父である岩間和夫元社長はCCD(電荷結合素子)画像センサーの開発に際し、先行投資を危惧する周囲をこう諭した。画像センサーは今、岩間氏の予言通りに大きな回収期を迎えた。岩間氏の遺産を引き継いだもう一人の「カズオ」である平井社長にも成長に向けた新たな投資の目利き力が問われる。
 星正道が担当します。

KDDI、ファイアーフォックスOS搭載スマホ、消費者手軽にアプリ開発、「おたく向け」高機能な部品

 KDDI(au)が2014年12月に発売したスマートフォン(スマホ)「Fx0」は米モジラ財団のOS(基本ソフト)「ファイアーフォックスOS(FxOS)」を搭載した国内初のスマホだ。FxOSは「第3のスマホOS」を狙い、海外で普及が先行する。手軽にアプリ(応用ソフト)をつくれるのも特徴だ。記者が使い勝手を探った。
 FxOSはブラウザー(閲覧ソフト)「ファイアーフォックス」を提供する非営利組織のモジラ財団が開発した。スマホOSは米グーグルの「アンドロイド」と米アップルの「iOS」の寡占状態にあるが、海外では13年からFxOS搭載スマホが登場した。現在は十数機種が販売されているが、新興市場向けの数十~100ドル程度の低位機種が大半だ。
 KDDIはFx0を「ギーク(おたく)向け」(田中孝司社長)として、海外の既存機種よりも高性能な部品を採用した。4・7型画面や処理能力が高い「クアッドコア」と呼ぶCPU(中央演算処理装置)を搭載し、高速データ通信「LTE」にも対応した。ただ、テレビ視聴の「ワンセグ」や電子マネー、赤外線通信など国内向け機種でおなじみの機能はない。
 基本的な使い方はアップルのiPhoneやグーグルのアンドロイド搭載スマホと似ている。ホーム画面には電話やメール、ブラウザー、音楽や動画といったアプリのアイコンが並び、指でタッチすれば起動する。ホーム画面に戻るには画面下のボタンを押せばよい。
 日本語入力アプリも備え、指を画面に触れて滑らせる「フリック入力」ができる。実機を試したところ、メールやブラウザー、カメラなどの基本アプリで操作に迷ったり、動作が遅いと感じたりすることは少なかった。
 対応アプリは公式のアプリ配信サイトで入手できる。現在、短文投稿の「ツイッター」や無料通話の「LINE」などが公開されている。予定表や歩行者向け道案内、飲食店検索など実用向けアプリもある。iOS版の同じアプリと比較してみたが、画面のデザインや機能は簡素なものの、基本的な使い勝手は大きく変わらなかった。
 ただ、後発OSとあってラインアップは貧弱だ。対応アプリの拡充に向けて、FxOS陣営がアプリ開発者向けにアピールしているのが最新ウェブ技術「HTML5」を採用している点だ。
 ウェブサイトの構築に使う同じ技術を利用し、手軽にブラウザーだけで機器を動かすアプリを作成できる。「自由度が高く誰でもアプリをつくれる」(KDDI商品企画部の上月勝博氏)という。iOSやアンドロイドで必要な専門的なプログラミング言語を習得する手間が省ける。
 さらにKDDIは専門知識のない消費者向けのアプリ開発ツール「Framin」も用意した。
 このツールでFx0にダウンロードして、試しに初歩的なアプリをつくってみた。考えたのは、画面に刀の画像を表示し、素早く動かすと刀を振った際の効果音が鳴る仕組みのアプリだ。
 まず名称を決め、刀の画像を読み込みアプリの画面に設定する。次に「本体を振ると音を鳴らす」という動作ルールを指定する。最後に動作をテストしたうえでFx0にインストールする。一連の作業は全てタッチ操作だけでツールの指示に従って進められた。
 専用サイトでは、より複雑な動きのアプリのつくり方を公開している。2月からは利用者が作成したアプリをサイトに投稿して共有できるようにした。利用者同士の交流を通じてFxOSの普及につなげる狙いだ。
▼Fx0の主な仕様 ▽高さ139×幅70×厚さ10.5ミリメートル▽重さ148グラム▽バッテリー2370ミリアンペア時▽ディスプレー4.7型IPS液晶(1280×720ドット)▽連続通話時間1010分▽連続待受時間820時間(3G)720時間(LTE)▽メーンカメラ800万画素▽韓国LG電子製▽本体と基本的な通信料込みで月3800円(税別)から

iPS細胞、実用化段階へ、京大・東大、特許活用に動く、供与方式、企業利益に配慮。

 再生医療の重要な鍵を握るiPS細胞が研究段階から実用化の領域に進みつつある。研究段階の基本特許では京都大学が世界に先行してきたが、実用化に近づくにつれて東京大学も存在感を高めている。両大学がiPS細胞の実用化を推し進めるため、知財戦略にどのように取り組もうとしているのか。それぞれの動きを探った。(松田省吾)
 「場合によっては1社に特許を独占的にライセンスすることを認める」。京大のiPS細胞関連特許の管理会社、iPSアカデミアジャパン(京都市)は最近、知財戦略を転換した。iPS細胞を使った再生医療事業を企業に促すには、1社に独占的にライセンスして利益を確保しやすくすることも必要になるとみるからだ。
 これまでは特許を1社だけに独占的にライセンスすると他の企業と連携する大学などの研究者が研究できなくなる恐れがあるため、認めてこなかった。iPS細胞の研究でノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥・京大iPS細胞研究所長による多くの研究者に研究の機会を提供したいとの意向が反映している。
ビジネスを意識
 方針を改めたのは、ビジネスを意識する段階に入ったからだ。これまで京大にはiPS細胞そのものの作製に関する特許を世界中で早期に取得することが最重要課題だった。京大は約30カ国・地域でiPS細胞の作製にかかわる基本特許を取得する成果を収めた。
 いまの課題はiPS細胞から目や心臓など再生医療に利用する細胞をつくる特許の取得と活用だ。京大はiPS細胞から心臓や骨格筋などの細胞をつくる特許を日米欧で計6件取得済み。現在、京大iPS細胞研では、再生医療につながる細胞をつくる技術の出願が全体の4割を占めており、主戦場と捉えている。
 これらの特許を使った再生医療の実用化には「企業の力が必要で、事業面で利益がでるようにしなければならない」と白橋光臣社長は話す。ただし、1社に独占させると多くの研究者の研究を妨げる恐れのある特許は引き続き独占的なライセンスは認めない方針だ。
 もっとも、具体的にどうライセンス方式を使い分けるかは簡単ではない。京大は日本製薬工業協会などとも相談しているが、特許の保護と活用を巧みに使い分ける例に挙がるのは米アップルなどIT(情報技術)関連企業ばかり。iPS細胞研の高尾幸成・知財管理室長は「バイオ関連では我々が成功例を作らなければならない」と話す。
 東大も動き出した。東大医科学研究所の中内啓光教授らは東大から独占的ライセンスを受けた、iPS細胞からすい臓や肝臓などの臓器を再生する特許の管理会社、iCELL(東京・港)を09年に設立。さらに昨年には米国での事業開始を視野に臓器再生にかかわる技術の実用化を目指す子会社も設立した。
 今年1月には中内研究室から生まれたiPS細胞を使った臓器再生技術にかかわる基本特許が国内で成立した。ヒトや動物のiPS細胞を動物の体内に入れて、ヒトの移植に使える臓器をつくる技術だ。これまでネズミやブタなどの細胞で成功しており、ヒトの細胞でも期待されている。
 両社を率いる三輪玄二郎社長は「iCELLは中内教授による発明の実用化を目指す技術移転機関(TLO)として設立した」と話す。中内研究室からは再生医療にかかわる10件以上の特許が生まれ、米国企業などからライセンスの依頼が届き始めている。
日米ですみ分け
 iCELLの知財戦略の基本は、競合他社などと相互に特許を利用できるようにするクロスライセンスだ。米ベンチャー企業などが求める特許を供与する代わりに相手からも有望な技術を導入し、日米など地域ですみ分けできるようにする狙いだ。臓器再生などに利用する家畜は輸送の問題があるため、国ごとに企業が分かれるとみる。
 東大と京大はiPS細胞の研究で競争するだけではなく、協力関係にもある。iCELLのグループ会社、メガカリオン(京都市)は中内教授と京大iPS細胞研の江藤浩之教授らの研究成果の事業化を目指す企業。iPS細胞から血小板を量産しようとしており、iPSアカデミアジャパンも出資している。
 メガカリオンでも社長を務める三輪社長は「京大はiPS細胞の基本特許で多くの研究者が利用できる広い土台を作った。我々はその上に乗っており恩恵を受けている」と話す。京大と東大がそれぞれの知財戦略に磨きをかければ、企業が連携できる場がさらに広がることが期待される。

「iPS発明国」の面目、富士フイルムの米社買収――山中教授のライバル創業、医療応用巻き返しなるか

 富士フイルムホールディングスが3月30日に買収を発表した米セルラー・ダイナミクス・インターナショナル(CDI、ウィスコンシン州)は、iPS細胞製品のデファクト・スタンダード(事実上の標準)を握る可能性があると注目されている存在だ。山中伸弥京都大学教授のライバルが創業者に名を連ね、同社からiPS細胞製品を調達する国内企業も多い。「iPS細胞発明国」の日本だが、医療応用でCDIに後れを取り市場を握られる懸念もあった。買収はその流れを変え、巻き返しの機会となる可能性がある。
 CDIの創業者の一人、ウィスコンシン大学のジェームズ・トムソン教授は、2007年には京都大の山中教授と同じタイミングで、別の科学雑誌にヒトiPS細胞が作製できたと発表した。2人はiPS細胞研究を巡る競争の激しさを象徴するライバルとして、米メディアなどにも取り上げられた。12年に山中教授と英国のジョン・ガードン英ケンブリッジ大学名誉教授はiPS細胞の成果でノーベル生理学・医学賞を受賞したが、トムソン教授は逃した。「なぜ」と疑問を口にする研究者もいた。
がんになりにくい細胞
 しかしビジネスの世界では、トムソン教授のノウハウを引き継いだCDIが事業を大きく広げた。同社の14年通期の売上高(販売協力を含む)は前年比40%増の約1670万ドル(約20億円)。巨額の研究開発費などのために純損益は3000万ドル(約36億円)の赤字だが、iPS細胞から作った心筋細胞や神経の細胞など製品群は豊富で受注は順調という。注目されるのは積極的な特許戦略とデファクト・スタンダードの構築だ。
 CDIがもつ特許の範囲は体の様々な細胞からiPS細胞を作製する技術、iPS細胞から心筋を作る技術など幅広い。中でもウイルスではなくプラスミドと呼ばれる環状DNAを使ってiPS細胞を作る技術は、がんになりにくい安全なiPS細胞を得るのに不可欠とされる。
 日本でも再生医療用のiPS細胞は、プラスミドを使って作るのが当然になっている。患者のiPS細胞から作った細胞で薬の副作用や効き目を調べる用途でも、CDI製品は世界で使われている。このままでは「iPS細胞発明国」の日本が事業化で米国にのみ込まれる――。そんな危機感が強まるなかで、富士フイルムが買収を発表した。iPS細胞の医療応用でCDIに技術、国際標準、供給網などの面で日本勢が包囲網を敷かれるのを防げるかもしれない。
「ストック」どう位置付け
 もっとも、これですべて安泰というわけではない。富士フイルムはCDIの技術や、昨年、子会社化したジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J―TEC)の細胞シート作製のノウハウなどをフル活用すれば、再生医療用の細胞製品の一大供給インフラを手中にできる可能性がある。その時、山中教授が中心となって治療用のiPS細胞の備蓄を進めている「iPS細胞ストック」の位置づけはどうなるのか、心配する声もある。
 iPS細胞ストックは日本人の多くに共通する免疫タイプの細胞を集め、できるだけ多くの人に少ない拒絶反応で利用できるようにするのが狙いだ。国の巨額の支援を受けたiPS関連の最重要プロジェクトの一つでもある。目の難病治療にiPS細胞を使う臨床研究に取り組む理化学研究所の高橋政代プロジェクトリーダーも、iPS細胞ストックの細胞の使用を計画している。しかし、今後の治療用製品としての本格的な普及ではCDI製品がリードする可能性もある。CDIは既に、米国人の計19%に移植用として使える免疫タイプのiPS細胞2株を樹立した。
 iPS細胞ストックと、事業化の実績があるCDIの細胞をどう使い分けるか。医療現場のニーズをくみつつ、iPS細胞技術を最大限に安全かつ有効に使うにはどうしたらよいのか、国と産業界、患者団体などが連携して考えていかなければならない。