2011年7月19日火曜日

レアアースの乱、プリウス直撃―中国江西省の産地、採掘停止

 中国のレアアース(希土類)の今年の輸出枠が前年並みとなった。下期の輸出枠ゼロの観測も浮上していただけに日本側は胸をなで下ろす。だが肝心のトヨタ自動車のハイブリッド車(HV)「プリウス」に不可欠な「ジスプロシウム」の調達はなお難航しそうなのだ。実は唯一の産地、江西省〓(カン)州では採掘が進んでいない。裏には中央政府と地方の深刻な対立がある。有力華僑や政治家を輩出した「客家」の故郷で何が起こっているのか、内情を探った。
 「我々は今、レアアースの採掘を止めている」。江西省〓州の忠部から車で山道を5時間も走ってたどり着く竜南地区。採掘で赤茶けた土が露出したレアアース採掘場の企業関係者は明かす。
計画鉱区に指定
 採掘を停止したのは4月から5月にかけて。中国政府が1月、竜南地区を含む〓州のレアアース鉱区11カ所を「国家計画鉱区」に指定したことがきっかけだ。これまで採掘権は地元企業が保有していたが、中国政府が「環境保護のための管理強化」との名目で奪取に動いたという。
 政府はさらに4月にレアアースの新たな探査や生産の許可を2012年6月末まで発行しないと表明、5月には〓州など中国南部のレアアース生産の80%以上を上位3社に集約する方針を発表した。3社は中国政府が直接管理する国有大手になる見通しで、地元の〓州に緊張が走った。
 「精製や分離などの加工分野だけでなく、採掘分野まで踏み込んできたら自衛するしかない」。〓州の関係者は力を込める。これまで中国五鉱集団や内蒙古包鋼稀土高科技、中国アルミなどが中央から〓州に進出してきたが、いずれも加工分野にとどまっていた。
 上流分野は地元のレアアース採掘会社88社が牛耳っていた。さらに採掘に不可欠な材料である硫酸アンモニウムは地元政府が影響力を持つレアアース採掘最大手、〓州稀土鉱業が一手に手がける。この会社が採掘材料の供給を停止。88社の採掘も中止させた。
 地元企業が突然の生産停止に踏み切ったのは、中央政府や国有企業をけん制する狙いもあるが、「政府の今年の生産枠を守るため」という。すでに今年の生産量は政府枠のギリギリの水準。ある関係者は「これまでは採掘や精製の枠は実質的に関係なく、枠を大きく超えて生産してたが、今春からは守るようになった。違反で摘発された場合は、中国政府につけ込まれる」と理由を漏らす。
 中央に対抗するため、〓州の地元政府も独自の近代化策を講じている。新素材開発などの下流分野に注力する方針で2月には研究所を設立。昭和電工と地元レアアース有力企業との高機能合金生産もその戦略の一環だ。
結束固い客家
 なぜ〓州が焦点となるのか。もともとは「タングステンの都」と呼ばれていたが、最近のあだ名は「レアアース王国」。ハイブリッド車などに必要な高性能磁石の添加剤に使うジスプロシウムなどの重希土類が産出するイオン吸着型レアアース鉱を抱える。重希土類が多い南部にある104鉱区のうち88鉱区は〓州に位置し、生産量は全国の7割を占める。日系商社幹部は「セリウムなどの軽希土類は中国以外の米豪でも生産できるが、ジスプロシウムは中国の〓州だけだ」と話す。
 もう一つの中国のレアアースの産地である内モンゴル自治区。中国政府が直轄する国有企業が独占、国家が直接コントロールできる状態となっているが、主な産品はセリウムなどの軽希土類。海外にも産地があるため、中国が存分に影響力を行使できない。
 それだけに、「中国政府はトヨタなど日本企業の生命線ともいえるジスプロシウムなどを握ることができる〓州を完全に支配下に置きたいはずだ」(中国の非鉄企業幹部)という。しかし〓州は客家の故郷。客家は中華文化の発祥地である黄河中下流域から南部に移動を繰り返し、独自の言語や文化、商習慣を守り持つ人々で結束が固い。
 〓小平氏やシンガポール元首相のリー・クアンユー氏らを輩出し、現在も大物政治家や人民解放軍に人脈を持つとされる。〓州の人口890万人のうち、客家系は95%を占めるという。中国国有企業関係者も客家は利にさとく「一筋縄ではいかない」と漏らす。
 〓州はレアアースなどの生産拡大で経済が急成長。中国社会科学院が10年に発表した中国都市競争力白書では過去5年で競争力が伸びた都市のベスト3位となった。街には世界最大の英国製の時計台もそびえる。
 客家が手がけるレアアース王国と中国政府との戦いの行方は不透明だが、中国の非鉄業界に詳しい証券アナリストは「戦っているように見えるが、レアアースを使って利益や影響力の拡大を狙う点では一致している」と指摘する。仮に両者の対立が収束しても、日本側に安価なレアアースが大量に流れ込むことはまずありえない。
 6月の国内新車販売で4カ月ぶりに首位に返り咲いたプリウス。このままジスプロシウムの生産が滞れば、価格急騰や在庫払底の懸念もある。日本側では代替部材の開発を急ぐべきだとの声が高まっている。

 ▼ジスプロシウム レアアース(希土類)と総称される金属元素の一つ。強力な磁力を持つネオジム磁石の添加剤で、その弱点を補い、高温でも磁力を保持できるようにする。電気自動車やハイブリッド自動車の駆動モーターのような高温にさらされる場面で欠かせない。モーター性能を高めるため、省エネルギー性能の高いエアコンや洗濯機などにも使われる。
 資源として極めて希少であり、ジスプロシウムを多く含有する経済性の高い鉱床は中国南部以外で見つかっていない。

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